寂れたスナックで語る物語 第十二話 「かいこ」 その(8)

ようこそ、当スナックへお越しくださいました。


 私はマスターの、「素姓乱雑(そせいらんぞう)」です。


 前回までお話しした 「かいこ」 は、

”「いや、事故が起きるまでをつぶさに知るものはいたがや」 「誰なんです、その人は」 翔梧は勢い込んで聞いた。

「人と言うよりも一頭と言った方がいいだろう」 今ここにあるはずもない村人が手渡したという箱の中の、蚕がよみがえり蠢(うごめ)いた気がした。“ 

 という内容まででした。

 それでは第八話に入ります。





旧国道304号線を走るバス
旧国道304号線を走るバス 写真の出典元「きまぐれな写真室」様(道路がアスファルト舗装されているので昭和48年以降になる。 素姓乱雑 ) 


「事故が起きるまでの経過やけど、車には父と母の他には誰もいなかったはず。それなのになぜか北さんは詳しくご存知ですね」


 翔一が投げかけた疑問に、北さんは 「いや、事故が起きるまでをつぶさに知るものはいたがや」 「人と言うよりも一頭と言った方がいいだろう」 と答えたのみで、話しは 「事故後」 に入った。


「八年前、事故の知らせを受けてすぐに駆けつけたがやけど、それはそれはおぞましい光景やった。大勢の者がわめき叫びながら、広くはない道に並んで止めた消防車から、濃いモヤの漂う人喰い谷へ垂らしたロープを頼りに、黄泉の国への入口が開いたような深い谷底下りていくがやさかい」

 捜索員は今にも谷底に引き込まれそうな恐怖に震えながら、懸命に握ったロープを伝って下りた。







投稿者: K.Miyamoto

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突然の出来事でもあり、道路上にいる指揮官とロープの先にいて姿の見えない隊員の連絡手段は口頭のみだ。

 捜索員と指揮官は声を振り絞り、内容を繰り替えして確かめあった。

 濃いモヤと共に谷底から湧きあがる捜索員のくぐもった声は、地獄の底で助けを求める亡者の叫び声に聞こえ、応える指揮官の声は辺りの谷間に木霊して、亡者を叱る閻魔のようだ。

 まさに人喰い谷に広がった地獄の絵図。北さんは話すうちに当時の様子を思い出してか体を震わせた。


翔一・翔梧は事故後の生々しい様子を聞かされ、先ほどの疑問など霞んでしまった。

 北さんも捜索に加わり、ロープを握って崖を下りたという。

 急峻な崖に備えた厚手の衣服のうえに梅雨特有のまとわりつく蒸し暑さが捜索員を苦しめた。

 一人が滑り落ちれば他の者を巻き添えにする恐れがある。

 ロープを握る手は汗で濡れて滑りやすく、足元は崩れて常に滑落の危険を伴う。両腕、両ひざに力を込めれば確実に体力を奪った。

 常に小石が体をかすめ、そのうちの何個かは体に当たり、湧きあがる鋭い痛みを必死でこらえた。

 やがて、「見つかったぞ!」 と言う合図と共に救助員となって人々は順に横移動を始めた。

 垂れたロープは横移動にともない大きく振れるが、他の捜索員や草木、岩に絡まないかなどを目で確認できない。すべては自分の勘を頼りに次の垂れたロープまで進んだ。

 体にぶつかる小石の数は増したが、上がってまた降りる気力、体力は残っていない。

  北さんは慎重に横移動を行い、何とか大破した車にたどり着いた。

「俺が車の側に行った時はすでに、お父さんを道まで吊り上げる準備をしてたがや。どうやら背負われて崖を登るがやろう、屈強な男がお父さんを担ごうとしてたがやちゃ」

 体が持ち上がったその時、靴の片方が抜け落ち、靴裏に潰れてべつたりと張り付いた白い塊が見えた。

「それが、村人が渡した三頭の内の一頭やと気付いたがや」
 
 北さんはそれとなく、両親の乗る車が暴走に至るまでを語った内容に裏付けする。

 体を担ぐ者、両脇から補佐する者、それらを取り巻く騒乱からそっと離れた北さんは大破した車に近づいた。

「俺が捜索員に加わった本来の目的は渡した三頭の蚕の行方を知ること。そやから、他の二頭を探そうと思ったがや」
 
 翔梧は北さんに変化を見たような気がする。

 誰も立ち入ることのない人喰い谷の底からガサゴソと動く蚕の気配。

 翔梧は、這い上った蚕が今にも顔を覗かせるのではないかと怯えて谷を振り返ったが、静まり返った緑の濃い谷に変わりは見えない。

 翔梧のような変化を感じることのない翔一は、北さんを尊敬のまなざしで見ていた。

「一頭は車の中から簡単に見つかった」
 
 小箱が衝撃をやわらげたものか元気で糸を吐いていた。だが、残りの一頭は探しても見つからない。

「おい、何しているがや」
 
 背後から急に声を掛けられ半ば驚いた北さんが振り返ると、体から汗臭い匂いが漂う隊員が不審な顔つきで窺っていた。

「いやぁ、指導所に渡さんなん蚕がどこにいったがやと ……」

「そうか、そやけど俺ちゃはもう撤収に掛かっとるがやぞ、ここに置いていかれたらどうするがい」
 
 仲間の言う通りだ。ロープがある今なら崖を上って道まで出られる。

 ロープを撤収されたら急峻な崖の間で行き場を失い、無事に帰れるという保証は無かった。

 一方、蚕も人間から見放されたら生きてゆけない。独自に生きるすべを持たないのだ。

「上のほうに丈夫な木が一本有ったと思う。その木にロープを残しといてくれんか、俺、もう少し探したいがゃ」

「そうか、陽が陰るのが早いから、すぐにも上がって来るがやぞ」

 仲間が去った後も北さんはもう一頭を見つけようと、迫る夕闇を気にしながら大破した車の中や辺りを懸命に探し続けた。

 その間、手に持った小箱の中の蚕が糸を張りながら、先ほど話した 「事故が起きるまで」 のすべてを事細かに聞かせてくれたのだと言う。

 幾重もの山ひだが連なる人喰い谷だけに陰るのは早い。

 最後の一頭は車が転落した際に車外へ放り出されたものか、ついに見つからなかった。

 翔一は淡々と、

「残った一頭が両親の最後を伝えてくれたがですね。貴重な話を疑ってしまい失礼なことを言うてしもたちゃ、堪忍して下さい」

 全てに納得したという様子を見せた。

 一方、北さんが信じられない翔梧は、「蚕が話した? そんな馬鹿な!」 と疑いが晴れなかった。

 受け取り方の違いが兄弟のその後を分ける。

 納得した翔一が聞いた。

「それで、繭になった一頭のその後は?」

「今も繭の中で眠っているがやちゃ」

 翔梧の到底信じられないという思いが言葉になった。

「そんな ……、八年もの長い間、繭の中にいるなんて」

 北さんは不審そうな翔梧に目をやることもなく、翔一へ聞かせるように続けた。

「俺は薄暗くなり始めた人喰い谷で失せた一頭を捜しているさ中に、行き場が無くてさ迷う人魂と出会い境遇を聞くうちに、ふと気が付いたことがある。この子が繭の中でさなぎになり繭を破って羽化をするにしても、世話をやいてくれる親がいなくなったということだ」

 養蚕に熱心だった翔一・翔梧の父が事故に遭って亡くなった今、存続か廃止かで揺れる蚕業技術指導所に繭を持ち込んでも放って置かれるだろう。

「そうなるとこの子も人魂と同じように行き場がなくなる。そこで俺は、蚕の命を繋ぐためにも繭の中に人魂を宿したらどうやと」
 
 繭が出来上がる前の今ならば間に合う。
 
 先ほどから翔梧が感じた、ガサゴソと動き回る気配がついに姿を現した。

 気配を感じるのは翔梧だけだろう、翔一が気にした様子は見られなかった。

 姿を見せた不可解な気配は北さんの背中に憑りつき、翔梧を十三年前という過去へ引きずり込んだ 「あの男」 が浮かんだ。


北さんから戻った 「あの男」 は翔一・翔梧の兄弟に告げた。

「蚕は翌年、九年目の繭を破り人魂を宿して 九界 へ戻る」
 
 もはや先ほどのような朴訥さは姿を消し、独特の訛も失せて、北さんにほど遠い存在だ。

「会った最初に言った、話しておきたい内容というのは蚕が九界に戻った後についてだ」

 遠くから切れぎれに聞こえる車のエンジン音。

 翔梧が遠目で見れば細尾峠側から下って来るバスが木々の間から見える。





旧304号線細尾峠隧道とバス
旧304号線細尾峠隧道とバス 「名鉄バスの一般路線 名古屋金沢線(通称;名金線)です。名古屋の名鉄バスセンターから金沢駅前まで一般道をただひたすら走ってました。手元のパンフ「年代不明」では、9時間30分かかってます」

文と写真の出典元「きまぐれな写真室」様(道路がアスファルト舗装されているので昭和48年以降になる。 素姓乱雑 )


「お前たちと同じように父さんの子だ。戻った後の世話をどちらがするのか決めて欲しい」
 
 次第に近づくバスを横目で見ながら翔一が聞いた。

「大事なことを教えて欲しいがやけど」

「分かることは何でも話すから言ってごらん」

「戻ったとしても、蚕の世話の仕方が分からんがやけども」

「それは安心していい、人魂を宿しているから」

 手を上げた二人の近くでバスが止まって入口の扉が開き、せわしいエンジン音が早く乗るようにと急かした。
 
 先に翔梧が乗り込み、続く翔一がタラップ上で聞いた。

「戻って来る子の名前は?」

「名前は蚕子だったと思う。戻ったら確かめてごらん」
 
 話しが終わらないうちに扉は閉まり、バスは城端を目指して走り始めた



マスターの素姓乱雑です。
 

 第八話はここまでとさせていただきます。 最後までご覧いただきありがとうございました。
 
 
 次回という機会があれば、「その後の兄弟のお話」 になります。
 
 なお、この物語はフィクションであり、実在する事件、事故と関係がありません。
 
 物語の会話はいわゆる「越中弁(訛り)」で理解しづらいと思いますが、なにとぞご理解いただきますようお願いします。

 旧城端町発行の 「城端町史」 のほか、webで 「蚕」 「絹」についての記述を参考にさせていただきました。
 
 貴重な写真をお借りしました 「きまぐれな写真室」 様(2016年にお借りしたもので、再度掲載するにあたり確認しましたが、ブログ運営を終了されたようで、連絡が取れませんでした)

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コメント 10

There are no comments yet.
Anthony
2024/03/11 (Mon) 03:33

蚕に「人魂注入」?? 

 そんな展開になるなんて思ってもいませんでしたが、その名前が「蚕子」って、、、

 兄の翔一の嫁さんの名前と同じなんで、これは、、、  次回を楽しみにしております。

utokyo318
2024/03/11 (Mon) 07:17

人魂注入というのは、すごいですね\(^o^)/
バスも、レトロ感があって、すてきです。
一般道だと、やはりかなり時間がかかりますね・・・・

JDA
2024/03/11 (Mon) 19:47

今回は他の人も書いている人魂注入の件に注目して読んでみましたが、続きが気になります。
古いバスの画像と名古屋~金沢間が9時間半かかるというのを読んで、30年前くらい前に乗った奈良県大和八木~和歌山県新宮間の紀伊山地縦断の路線バスに乗ったことを思い出しました。
当時は、朝に乗って夕方に着く8時間の山間地の国道168号線コースで停留所が168カ所で、途中、休憩時間がありましたが、揺られ、揺られて、酔いまくりでした。

宮崎の勤
2024/03/12 (Tue) 01:42

蚕の言葉が理解できる北さんも凄いが、それを信じる兄も凄いぞ!

K.Miyamoto
2024/03/13 (Wed) 06:36

Anthonyさんへ

> 蚕に「人魂注入」?? 

優しく書いたつもりですが、Anthonyさんにかかると
アントニオのようで、なんだか元気いっぱいになってきました。
「闘魂注入!」といきたいですね。

> その名前が「蚕子」って、、、
> 兄の翔一の嫁さんの名前と同じなんで、これは、、、

物語最初の頃に出てきた名前なんで気づかないと
思っていましたが、よく覚えていましたね。
子供たちの中で三番目の子供になりますので。



K.Miyamoto
2024/03/13 (Wed) 06:46

utokyo318さんへ

> バスも、レトロ感があって、すてきです。

バスが写った写真は、「きまぐれな写真室」さんが偶然、会社の引き出しから発見したもので、今では貴重なものとなりました。私が最初に出してから方々に拡散して「きまぐれな写真室」さんに申し訳なく思っています。

K.Miyamoto
2024/03/13 (Wed) 06:59

JDAさんこんにちは

> 古いバスの画像と名古屋~金沢間が9時間半かかるというのを読んで、

物語に合ったボンネットバスの写真を探したのですが、見つかりませんでした。
ボンネットバス時代は物語の距離だけでも相当かかったようで、途中の坂道など道が悪い上に馬力がなくて、みんなで押したと言いますから。そうなれば、車酔いなんてしている間はなかったようですね。

K.Miyamoto
2024/03/13 (Wed) 07:03

宮崎の勤さんへ

> 蚕の言葉が理解できる北さんも凄いが、それを信じる兄も凄いぞ!

そこはそれ、物語ですから。
でもうれしいですね。「蚕の言葉が理解できる北さんも凄いが、それを信じる兄も凄いぞ!」
と言ってくださる宮崎の勤さんはもっとすごいと思いました。

Noriちゃんねる
2024/03/18 (Mon) 05:58

おはようございます

展開がすごくて読みなおしました
次回も楽しみにしております。

K.Miyamoto
2024/03/18 (Mon) 20:35

Noriちゃんねるさんへ

> 展開がすごくて読みなおしました
> 次回も楽しみにしております。

こんにちは
お読みいただきありがとうございます。
とても励みになります。
物語はあと2回で終了予定でいます。

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