寂れたスナックで語る物語 第十一話 「かいこ」 その(7)

ようこそ、当スナックへお越しくださいました。 私はマスターの、「素姓乱雑(そせいらんぞう)」です。


 前回までお話しした 「かいこ」 は、


 ”北さんが語る、「子供が二人、いや、お父さんにすれば五人だな。いるので家庭は幸せやったが、指導所(蚕業技術指導所)は順調と言えなんだ」

「食糧増産や圃場(ほじょう)整備で桑の消えた畑は元へ戻ることが無かったがやちゃ。さらにナイロンという強力な合成繊維が足元を脅かそうとしとるがやさかい」“ 

 という内容でした。

 それでは第七話に入ります。





ほとばしる 撮影場所 南砺市赤祖父
ほとばしる  Photo by Soseiranzou 撮影場所:富山県 南砺市 赤祖父


当時日本は朝鮮戦争後に起きた特需ブームで、1954年(昭和29年)頃の生糸生産量が、人絹よりも正絹が主体だった昭和15年以前の45%近くまで盛り返したという。

 需要を見越してか1953年、城端の地に蚕業技術指導所を創設したものの、すでに近辺の織物工場に至っては品質が安定した合繊繊維が主体となり、農業基本法に基づく圃場整備を終えると同時に農家は収益の高い米に移行し、人手は賃金が安定して得られる織物工場へ集中する。

「事故の起きた8年前の朝、農家から蚕の様子が変だと第一報が入ったがやけど、指導所の存続が問われているさ中でお父さんは対応に追われ、すぐに出かけることができなんだ。矢継ぎ早に2回目の連絡が来て、お父さんは事の重大さに気付いたがいちゃ」





投稿者: K.Miyamoto

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上簇(じょうぞく)*1 に近い頃、蚕病が出ることがある。なかでもこの地方で 「オシャレ」 と呼ぶ硬化病は、蚕が化粧をしたように白い粉を吹き硬直する。


 だが今回の蚕病はそれと違った。


 萱で葺(ふ)いた合掌造りが生み出す好環境に人と蚕が一緒に住むことにより、重篤な疫病の発生を防いできた。

 そうした概念にとらわれて対応が後手に回ったようだ。

「もう蚕はやめにしょまいけ」

 養蚕農家は口をそろえた。

 五箇山の人たちは信心深い。

 病死後の蚕の体が今まで見たことのない、ミイラのように黒く固くなってしまう疫病が広まったのは、ご先祖さまの化身である蚕を大切にしなかったからだ。

「蚕の魂を解き放ち天へ返しなさい」 というお上人の教えに従うと言い、「後始末は自分たちでするちゃ」 と突き放した。

 農家の人たちは、迫りくる養蚕の終焉を予感したのか。

 車には消毒機材と消毒液 「ホルマリン」 の希釈液(きしゃくえき)を積んでいたが、養蚕農家は、蚕室だけと言っても自分たちが居住する建物内に、その頃まだ一般には使われない、不快な匂いの強い薬剤の散布を拒んだ。

「車に積んできた消毒機材はまにあわなんだというのは、そういう意味だ」 と、北さんは解き明かした。

 その後、

「あんたらの子だけでも無事で良かった。今まで預かっていたがやけど、もう蚕をやめるさかい育てられんようになった」

 思いもしない成り行きにあ然とする二人へ、農家は三頭の蚕が入った箱を押し付けた。

”「お父さんとお母さんは、どうしていいかわからないまま帰路についた」。

 中間地点の細尾峠に着くまで、日中さえも薄暗い森の中の道を、さ迷ったと思うほど道のりは遠い。

 細尾峠を越え、待ち望んだ城端の村落が山はだの間から見えるようになったが、至る道はモヤで隠したように見通せなかった。“

 翔梧の脳裏に、両親の夢だった 「自分たちで蚕を育て人絹では得られない肌触りの良い絹糸を紡ぐ」 に続く道がいつの間にか迷路のようで、戸惑いを隠せない父母が浮かんだ。

 お母さんは農家の人が手渡した、三頭の蚕が入った箱を持って助手席に乗り込んだが、蚕の状態が見えるように蓋はしていない。

” 道が悪くて車が揺れるたびに箱の中の蚕は跳ね、頭を上げて左右に振るしぐさを見せる。

 蚕は何かを吐いて這いまわり、全体的にやや透き通るような飴色になったような気がする。

 お母さんは三頭の蚕も疫病に罹っているのではないかと気を揉んだ。

 万一、疫病に罹っていたなら、他の蚕に伝染するので連れては帰れない。

 だがお父さんは心配していなかった“

「大丈夫だよ、熟蚕(じゅくさん)*2 といって、繭を作る準備が始まったがやちゃ、早く帰ってこの子たちが繭を作りやすいように準備をしょまいけ」
 
”お父さんは子供たちが繭を作り始めると知って、雲間から射した光が進む道を照らした気がした。

 三頭の子供たちは箱の中を行ったり来たりで落ち着かない。

 お母さんが車の中を捜してホルマリンの瓶が入っていた小箱を見つけ、両蓋をちぎって試しに蚕のそばに置くと、近くにいた一頭がさっそく小箱の中に入った。

 だが箱は一つしかない。入れない二頭は相変わらず箱の中を動き回る。

 お父さんはようやく細尾峠を越えた安堵もあり、先ほどまでの淀んだ気分も晴れて体が軽くなったように感じた。

 何よりも今は、三頭の子たちがどのような繭を作るのか早く見たい。そのためにも、道の悪い人喰い谷を一刻も早く抜けねばならないと思った“

 北さんの話は確かすぎる。まさか作り話とは思えないが、その場にいて見聞きしたかのように詳しい。

「物語のワンシーンを聞かされているようだ」

”向かい側の急峻な山肌に折り返した道が見えて、お父さんは道が鋭角に折れ曲がる難所が近いと知る。

「ねぇお父さん、小箱に入った子がさっそく糸を吐いてる」

 蚕の入った箱を持ち上げ、置いた小箱の中を覗いていたお母さんが明るい声を上げた。 

「小箱をちぎって三つに分ければよかったかな、そうすれば……」
 
 嬉しくなったお父さんが車の前方から目をそらしてお母さんを、そして蚕を見たわずかの隙を突き、轍を踏んだ車が大きく弾んだ。
 
 お母さんの悲鳴のような、「どこへも行かないで!」 の声が聞こえたすぐ後に、お父さんの右ひざへ白い塊が落ちた。
 
 塊は目を遣る間もなくズボンの裾をつたい、踏もうとしているブレーキペダルの上に滑り落ちた。
 
 一つ目の曲がり角が目前に迫る。
 
 落ちた白い塊が蚕だと気付いたお父さんは、わが子のように大切な蚕が乗ったブレーキペダルをすぐに踏み込めない。
 
 一瞬のためらいが車を暴走させた。
 
 山肌に車輪を乗り上げ、車体の底からガガッと激しい衝撃が突き上がった。ひっくり返るかと思うまで車体を大きく傾け、草木が窓ガラスをビシビシと叩きつける。
 
 一つ目の曲がり角はなんとか乗り切ったがスピードは緩まない。
 
 ブレーキペダルを踏み続けるお父さんの靴裏に踏みつぶした蚕の感触が蘇る。
 
 将来の夢を紡いでくれるはずの我が子を自らの足で踏み潰したのだ。
 
 後ろめたい思いを抱えたままで今はブレーキを踏み続けるしかない。
 
 だが二つ目の鋭角な曲がり角が目前だというのに車の暴走は止まらない。もはや操作不能に陥った車の突き進む方向も変えられなかった“

「車はザザザッという悲鳴に似た音をたて、砂ぼこりを巻き上げながら、一直線に人喰い谷へ落ちて行ったがやちゃ」
 
 北さんは長い年月、胸につかえていた悲しい出来事を解き放った安堵からか、過ぎた年月を思わせる息を吐いた。
 
 両親の 生々しい最後の様子に翔一・翔悟は天を見上げて唾を呑み込んだ。

 それまで口をさしはさむことのなかった翔一が疑問を投げかけた。

「事故が起きるまでの経過やけど、車には父と母の他には誰もいなかったはず。それなのになぜか北さんは詳しくご存知ですね」

 北さんは悠然(ゆうぜん)と答えた。  

「いや、事故が起きるまでをつぶさに知るものはいたがや」

「誰なんです、その人は」
 
 翔梧は勢い込んで聞いた。

「人と言うよりも一頭と言った方がいいだろう」

「まさか ……、兄弟だという蚕が?」
 
 翔一と翔梧は口をそろえて北さんを見た。

「何も驚くことは無い、我が子のような蚕がそばにいたがやから、全てを知るのは当然やちゃ」
 
 翔梧の背筋を冷たいものが走る、

 今ここにあるはずもない村人が手渡したという箱の中の、蚕がよみがえり蠢(うごめ)いた気がした。



マスターの素姓乱雑です。
 
 第七話はここまでとさせていただきます。 最後までご覧いただきありがとうございました。
 
 次回という機会があれば、「引き続き北さんが語る三頭の蚕の行方」 になります。

 *注1  旧平村発行の「越中五箇山 平村村史」の記述を引用させていただきました。

 なお、この物語はフィクションであり、実在する事件、事故と関係がありません。
 
 物語の会話はいわゆる「越中弁(訛り)」で理解しづらいと思いますが、なにとぞご理解いただきますようお願いします。

 旧城端町発行の「城端町史」のほか、webで 「蚕」 「絹」 についての記述を参考にさせていただきました。
 
*注1 上蔟・上簇(読み)じょうぞく( 蚕が十分に成熟して体の透き通ったとき、繭をつくらせる場所である蔟(まぶし)に入れてやること。また、蚕がまぶしに入ること。)出典:コトバンク

*注2 熟蚕 (読み)じゅくさん (成熟して、繭をつくりはじめる状態になった蚕) 出典:コトバンク
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コメント 12

There are no comments yet.
utokyo318
2024/02/13 (Tue) 05:49

蚕病、いろいろと大変そうですね・・・・
予防具もあるようですが、勢いが強いと、どんどん広がるでしょうし、早めの対処が肝心なのでしょうね

今井政幸
2024/02/13 (Tue) 22:56

ブラボー!
迫真に満ち、眼前に光景がリアルに迫るよい出来です。
感服しました。

ちるちるみちる
2024/02/14 (Wed) 00:37

お蚕様を踏みつぶす感触が想像できない。

宮崎の勤
2024/02/14 (Wed) 01:52

事故の生き証人つーか、蚕が箱からミイラとして出てくるのか?
次回が楽しみだわ。

Anthony
2024/02/14 (Wed) 02:31

北さんが語るリアルな描写は、僕だけではなくて、物語の主人公たちも感じていたのか==

Noriちゃんねる
2024/02/14 (Wed) 06:56

すっかり忘れてましたオシャレという病気確かにありました懐かしいです。
蚕を大切にするよう育てられたので、とても身近な話に感じます
次回も楽しみにしています。

K.Miyamoto
2024/02/14 (Wed) 18:24

utokyo318さんへ

> 蚕病、いろいろと大変そうですね

生き物を扱う仕事はいろいろとご苦労があると思います。
まして蚕は病気に罹ったからと言って予防注射などできませんから。

K.Miyamoto
2024/02/14 (Wed) 18:35

今井政幸さんへ

> 迫真に満ち、眼前に光景がリアルに迫るよい出来です。

ありがとうございます。
筆達者な今井さんの嬉しいコメントです。

K.Miyamoto
2024/02/14 (Wed) 18:51

ちるちるみちるさんへ

> お蚕様を踏みつぶす感触が想像できない。

むやみに想像しないでください。気持ち悪いですから。(笑)
こればかりは、話の筋などからいっても詳しく書ける場面ではありませんので。^^;

K.Miyamoto
2024/02/14 (Wed) 19:04

宮崎の勤さんへ

> 事故の生き証人つーか、蚕が箱からミイラとして出てくるのか?

次回は事故の生き証人である三頭の蚕の行方をお伝えしたいと思っていますが、蚕がミイラでは物語最初の「兄だ」と名乗る男に繋がりませんので。( ;∀;)

K.Miyamoto
2024/02/14 (Wed) 19:17

Anthony さんへ

> 北さんが語るリアルな描写は、僕だけではなくて、物語の主人公たちも感じていたのか

そうだと思います。とくに翔梧はなぜ事故が起きたかを知りたがっていました。
前にも書きましたように、この事故は「自殺」ではないかと騒がれただけに。

その感情の起伏は次号で述べています。

K.Miyamoto
2024/02/14 (Wed) 19:28

Noriちゃんねるさんへ

> すっかり忘れてましたオシャレという病気確かにありました懐かしいです。
蚕を大切にするよう育てられたので、とても身近な話に感じます

やはりNoriちゃんねるさんは蚕に詳しい。
怖いからこれ以上、蚕の生態に深入りしないつもりです。あとは、物語の要素として。

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