寂れたスナックで語る物語 第十話 「かいこ」 その(6)

ようこそ、当スナックへお越しくださいました。 私はマスターの、「(そせいらんぞう)」です。


 前回までお話しした 「かいこ」 は、


”お前は両親の事故がどうして起きたのか知りたいようだな。ならば俺が直接聞かせてやる“

 姿の見えない声が翔梧の頭の中に蘇った。 という内容まででした。

 それでは第六話に入ります。





蜘蛛ゆきは怪しく 富山県 砺波市 庄川町青島
蜘蛛ゆきは怪しく  Photo by Soseiranzou 撮影場所:富山県 砺波市 庄川町青島


北さんの顔形が確かになるにつれて、翔梧は驚きのあまり声も出ない。


「ながいことぶりで顔を見るちゃ。バスで出はったと聞いたもんで時間見て来たがやけど、あんたの所まで行けんで堪忍やちゃ」


 兄弟に歩み寄った北さんは、この地方の方言交じりで今日の法事に出られなかったことを詫び、翔一も方言を交えて礼を述べた。

「ここまで来てもらっただけで十分やちゃ」

「ほんならちょっこ参ってくるさかい、失礼しますちゃ」

 二人に背を向けた北さんは、兄弟が置いた花束の隣に自分の花束を置き瞑目する。

 呆然とする翔梧。

 遡(さかのぼ)った十三年は翔梧の視覚を惑わすのか、目の前の 「北さん」 は老いて見えるが、背格好や顔つきは兄を名乗って現れた 「あの男」 だ。









投稿者: K.Miyamoto

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翔梧は、遡った十三年で、いとけな(幼)い翔梧となった。


 一方 「あの男」 は、


「まさか、俺の名前を忘れていないだろうが、俺はおまえの兄・翔一、これは嫁の蚕子、そして子供は繭子と絹子だ」 とそれぞれに指し示して名前を教え、

「困ったことがあれば何でも言え、できる限り力になってやる」

”何度も言わせるな、俺はお前の兄だと言っているではないか“

 そう言いながら、 翔一ではなく別人となって過去へ姿を現した。

 翔梧の脳裏に、「ならば俺が直接聞かせてやる」とささやいた、目つき鋭く底意地の悪い「あの男」の姿が浮かぶ。


「あの男」 は、先に翔一兄を騙って翔梧の前に現れ、今は北さんを名乗っていったい何を企むつもりなのか。


 瞑目を解き向き直った北さんは翔梧と視線が合った一瞬、翔梧だけに分かる笑みを浮かべた。

 何事もなかったように顔つきを戻した北さんは翔一へ、

「早いものやちゃ、八年になるがやね」
 
「あの時は日が経つのかと思うほど時間が長かったけど、いつの間にか八年が過ぎました」

「俺もこの後、いつ会えるか分からんさかい連絡したがやけど、ところで、隣におってや人、おっちゃんやね?」

 この地方では兄の 「あんちゃん」 に対し、弟を 「おっちゃん」 と呼ぶ。

「そんながいちゃ、翔梧と言うがや。ところで今日は、蚕が危ないと聞いて父母が五箇山へ出かけた、その時の様子を詳しく聞かせてください」

 翔一はいつ話が始まっても受け入れられるように、 両親が亡くなったあと閉じた心を開く。

「俺もそのことをきちんと伝えておきたいと思っていたがや。兄弟揃とるがならちょうど良い。立っとるのも何やさかい、座って話ししょまいけ」
 
 道のふちには腰を掛けるのに手ごろな高さの車止めが有り、北さんを真ん中に三人が腰を掛けた。

 まだ梅雨の季節というのに空梅雨なのか空はどこまでも青く、谷底から吹き上げる寒いくらいの風が蒸し暑さを吹き飛ばして心地良い。

 北さんは腰差し煙草入れからキセルと刻み煙草を取り出し、

「昔蚕をしている時は、煙草は蚕に良くないというので吸わせてもらえなんだ。いまは唯一の楽しみながや」

 北さんは指でつまんで軽く丸めた煙草を雁首の火皿に入れながら、

「蚕が危ないと聞いてお父さんとお母さんがうちらの家においでた時のことやけど、車に積んでいた消毒機材はまにあわなんだ」

 さりげなく話しを始め、キセルの吸い口をくわえて煙草に火をつけた。山際の緑陰に紫煙と香りが漂う。

 先ほど翔梧は翔一から、「間に合わなくて蚕は全滅だった」と聞いたので、驚く話ではない。

 ふと翔一が確かめた。

「時間的に間に合わなかったということやね」

「そうやなくて……、使えないものやった、という意味ながやちゃ」

「えっ、ど、どういうこと?」

 兄弟揃って声を上げた。

「その……」
 
 兄弟の語気に押されてか、北さんは話の接ぎ穂を失ったらしい。
 
 黙ったまま火皿に残った煙草を吹かし、吸い終えると握ったキセルの雁首をもう片方の手のひらに打ち付けて灰を落とし、煙草入れにキセルをしまいながら
 

「順番があるさかいその話は追々にするとして、まずご両親の話からしょまいけ」

  迷った挙句、北さんは断りを入れて話しの流れを変えた。

「あんたらも両親から聞いて知っていると思うが」

 そう前置きして北さんは話を進める。






やみ蜘蛛に 富山県 南砺市 立野
やみ蜘蛛に  Photo by Soseiranzou 撮影場所:富山県 南砺市 立野


兄弟の両親は結婚する前、共に富山の大空襲に遭い焼け出されて孤児となり、それぞれ遠縁を頼って五箇山と城端に来た。


 すぐに働きに出ることになり、一方は庄川のダム建設に関わる土方をしながら養蚕を手伝い、一方は機織り工場に勤めた。


 そうして月日が流れ、五箇山にいる彼に、「こんど蚕業技術指導所が出来た、あんたは蚕のことに詳しいさかい、手伝いに来てくれんけ」 と誘いが有り、すぐにも承諾。 城端へ移り住んだ。

「あいつは桑の葉をバリバリと食べる蚕の姿をうっとりと眺め、手の平に載せた繭をそれこそ宝石を見るようにしとったもんな」

 北さんは当時を思い浮かべてか、遠くへ眼をやりながら懐かしそうに語る。

 蚕業技術指導所では仕事柄、機織り工場に出向くが、そこで二人は出会い、何度か会ううちに一緒になると決めた。

「正絹と人絹、扱う物はそれぞれ違うが、互いに絹糸で結ばれていたんだな」

 北さんは日焼けした顔を照れたように綻ばせて、話しを一旦結んだ。

 翔梧と同じ過去へ遡った 「あの男」 が過去の翔一とならなかったのは、第三者として両親を語るほうがふさわしいと考えたようだ。

 話しの先はまだ見えないが翔梧は、「俺が夢の続きを見せてやる」 と、目つき鋭く底意地の悪い顔付きをした 「あの男」 も、北さんでいる限り兄弟を困らせるような話を持ち出したりはしないだろうと。

 一方、北さん越しにいる翔一は何を考えているのか、何もない一点を見据えたままだ。

 その後北さんの話は、その頃の若い夫婦の思いを代弁するように熱を帯びた。

「戦後の物不足が続いていた頃で生活は楽でなかったがやけど、二人には夢が有った」

 それは、自分たちで蚕を育て人絹では得られない肌触りの良い絹糸を紡ぐこと。

 仕事で扱う無機質なナイロンという人絹にどこか馴染めないものを感じていた妻は、夫から正絹の良さを聞かされ、蚕を育てたいという夫の夢に同調するようになった。

 だが翔一が生まれ、お金と時間にゆとりのない生活のなかで、実入りが少なく手間暇かかる養蚕を生業とすることに賛成できない。

 あくまでも蚕業技術指導所の仕事の一環としてだ。

 そうこうするうちに二人目も授かった。 夫は妻にまだ打ち明けていないが、子供の名前について決めたことが有った。

「自分の子供はもちろん可愛いがやけど、夢を紡いでくれる蚕も同じように可愛い。そこでその頃飼い始めた三頭の蚕たちにも名を授け、それぞれ子供たちとして分け隔ての無い名前にしたいということやった」

「つまり、父の気持ちを言えば子供は五人。翔一兄の後に名前は分からないけれど三頭の蚕がいて、自分は五番目だから翔梧?」
 
 自分の名前の由来を素早く察した翔梧はのんびりとした声で応じた。

 あれほど知りたがった翔一は一言もないが、聞いた話を心のなかへ取り込んでいるのか、張り詰めた雰囲気がある。

 翔梧の問いに北さんは 「そうやな」 と短く応じキセルを使った。

「子供が二人、いや、お父さんからすると五人だな、いるので家庭は幸せやったが、指導所(蚕業技術指導所)の仕事は順調と言えなんだ。(昭和)26年(1951年)に養蚕を生業とする家が平村だけで480余戸(平村の農家数の約82% 注1)有って、戦前の数字に復帰するかと思たがやけど、その後の食糧増産や圃場(ほじょう)整備で桑の消えた畑は元へ戻ることは無かったがやちゃ。そこへもってきてナイロンという強力な合成繊維が足元を脅かそうとしとるがやさかい」

 翔梧は丘の畑の隅に残った何本かの、熟して黒くなった桑の実を採って食べたのを思い出した。

 食べ物が少ない頃だったので、桑の実は美味くその時は夢中になって食べたが、しばらくは実の汁で紫色に染まった手や唇に困ったものだ。

 その後、食い気を満たしてくれた桑の木も圃場(ほじょう)整備事業が始まって以降見かけなくなり、桑の実の味も記憶から薄れた。



マスターの素姓乱雑です。


  第六話はここまでとさせていただきます。 最後までご覧いただきありがとうございました。
 

 次回という機会があれば、「引き続き、北さんが語る両親の 『蚕』 と 『回顧』」 になります。


 注1  旧平村発行の「越中五箇山 平村村史」の記述を引用させていただきました。


 なお、この物語はフィクションであり、実在する事件、事故と関係がありません。
 
 物語の会話はいわゆる 「越中弁(訛り)」 で理解しづらいと思いますが、なにとぞご理解いただきますようお願いします。

 旧城端町発行の『城端町史』 のほか、webで 「蚕」 「絹」 についての記述を参考にさせていただきました。



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コメント 11

There are no comments yet.
utokyo318
2023/12/31 (Sun) 06:21

ちょうど、一昨日白川郷と五箇山に行ってきたところでした♫
白川郷では、蚕を育てているお宅を拝見しましたが、元気に育っているというお話でした(^O^)

K.Miyamoto
2023/12/31 (Sun) 15:17

utokyo318さんへ

> ちょうど、一昨日白川郷と五箇山に行ってきたところでした♫
白川郷では、蚕を育てているお宅を拝見しましたが、元気に育っているというお話でした(^O^)

白川郷で蚕を育てているお宅へ行かれたのですね。
いい出会いをされました。

私は実際に蚕を見たことがありませんが、とてもかわいい顔をしていると聞いています。

Noriちゃんねる
2024/01/01 (Mon) 20:27

こんばんは

子供の時に食べた桑の実の味は
濃いブドウの様な味だったと思いますが定かではないです。
繭一つが5円するので慎重に作業するように言われた記憶があります。

K.Miyamoto
2024/01/02 (Tue) 10:03

Noriちゃんねるさんへ

> 子供の時に食べた桑の実の味は
 濃いブドウの様な味だったと思いますが定かではないです。

濃いブドウの様な味でしたか。
こちらも桑の実の味は記憶が遠くて定かではないのです。
実に半世紀以上前ですから。(笑)

> 繭一つが5円するので慎重に作業するように言われた記憶があります。

以前にNoriちゃんねるさんは過去の養蚕を知ると言われたように、
確かな記憶をお持ちですね。
その頃の貨幣価値がわからないため価格での比較は控えますが、
育てるのが大変な蚕一頭からひと繭ですので
ずいぶん貴重だつたと分かります。ありがとうございました。

JDA
2024/01/02 (Tue) 21:18

「あの男」が北さんになるとは、、、 話が複雑になってきましたね。
それと、使えない消毒機材が気になります。

K.Miyamoto
2024/01/03 (Wed) 10:08

JDAさんこんにちは

>「あの男」が北さんになるとは、、、 話が複雑になってきましたね。
それと、使えない消毒機材が気になります。

お読みいただきありがとうございます。
今後、「あの男」は北さんとなって、兄弟に両親の最後を伝え望んだことは。
「あの男」と翔一との関わり・・・、を今後の物語にしたい思います。

使えない消毒機材の訳を、次回七話の最初の起伏に用いています。

宮崎の勤
2024/01/05 (Fri) 20:01

新年あけましておめでとうございます。

名前の上だけとはいえ、次男よりも蚕を優先する父親になんか腹立たしくなった。(笑)

ちるちるみちる
2024/01/06 (Sat) 01:22

明けましておめでとうございます。

シルクのパンツを履きたいけれど、高いので人絹・レーヨンのパンツを履いています。
されど、履き心地は抜群なり。(笑)

K.Miyamoto
2024/01/06 (Sat) 03:17

宮崎の勤さんへ

> 名前の上だけとはいえ、次男よりも蚕を優先する父親になんか腹立たしくなった。(笑)


昭和は大らかすぎる時代でした。次男ともなると、もう待遇が違う。
今から思えばかなり「ぞんざい」な面がありましたからね~(笑)

K.Miyamoto
2024/01/06 (Sat) 03:23

ちるちるみちるさんへ

明けましておめでとうございます。

> シルクのパンツを履きたいけれど、高いので人絹・レーヨンのパンツを履いています。
されど、履き心地は抜群なり。(笑)

いまでは人絹・レーヨンも履き心地が良くなりましたね。
玉乱というぐらいに。(笑)

はひふへほ
2024/01/12 (Fri) 17:41

こんにちわ

次回楽しみです。

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