寂れたスナックで語る物語 第九話 「かいこ」 その(5)

ようこそ、当スナックへお越しくださいました。 私はマスターの、素姓乱雑(そせいらんぞう)です。

 
 前回までお話しした 「かいこ」 のあらすじは、


”過去へ降り立った日は奇しくも父母の命日。翔梧は亡き父母を偲び、父母の仕事への情熱に思いを寄せながら、起きた事故について触れていく。事故には「蚕」が関わっていた" という内容でした。

 それでは第五話に入ります。





錦秋の旧五箇山道 撮影場所:人喰い谷近辺
錦秋の旧五箇山道  Photo by Soseiranzou 撮影場所:富山県 南砺市 人喰い谷近辺


運転手は突然の恐ろしい光景に、「一瞬、何が起きたのか分からなかった、目を疑うようなできごとだった」 と、残像に震えた。


 狭くて危ないと分かっている 人喰い谷 を通る時は誰もが慎重な運転をするので、生命に危険が及ぶ事故はいままで起きていない。


 それが今回、「2名の乗った車が谷に転落!」 という最悪の通報に地元は大騒ぎとなった。

 すぐに救助隊が編成され次々と慌ただしく現場に向かうサイレン、その音が広くはない町を揺るがした。

 救助に駆り出された人達は現場に到着するとすぐに、連なる消防車から垂らされた命綱を頼りに急峻な崖を下りた。

 人喰い谷は濃いモヤが薄らげば切り立った山肌を覗かせるが、どこまでも深い谷底は姿を見せない。







投稿者: K.Miyamoto

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救助員は黄泉の国へと引きずり込まれそうな恐怖に震えながら崖を調べた結果、途中に生えた木が衝撃を和らげたのか車は谷底まで落ちなかったが、それでも助手席側のドアは千切れて吹き飛び、原形を留めぬ無残な姿をわずかな岩棚で晒していた。


 車外に放り出されて車の下敷きとなった母は即死。助け出された父はまだ息があり、「かいこ、かいこが ……」 と、うわごとを繰り返したが、病院までの搬送を待たずに母の後を追ったという。

 幼い翔梧はその日のことをほとんど覚えていない。 長じて知った全てだ。



兄・翔一と翔梧は父母の法要と墓参りが終わった後、事故現場に花を手向けるため乗り合いバスで人喰い谷に向かった。

 転落地点は事故後に山肌を削って道幅をわずかに広げたものの谷から離れる訳でもなく、転落防止策は十分と言えなかった。


事故からすでに八年、事故現場の目安とした山肌の木が一回り大きくなった。


 事故当時、新聞の一部では 「蚕業技術指導所職員が夫婦で自殺 !?」 という心ない見出しが躍り、「養蚕の将来を悲観したのか」 と書き立てた。

 遺族への配慮が無く興味本位の記事は、両親を失って打ちひしがれた兄弟にさらなる心の傷を負わせた。


「根も葉もないことが記事になって、父さん、母さん、悔しい思いをしてるだろうな」


 路肩に花を手向けた翔一は鋭角に折れた道を見通しながら、当時の苦い思い出が蘇ったのか唇を噛んだ。

 いつもは暢気な翔梧も返す言葉が思い浮かばない。


翔梧も路肩に花を手向けた。

 崖縁に寄って見下ろすと底知れぬ谷へ引きずり込まれそうで、どうしようもなく足が震える。

 もとより翔梧も 「自殺説」 など信じていない。 父は 「養蚕は未来がある」 が信条だった。



*話の途中ですが。

 素姓乱雑は当時の養蚕の情勢がうかがえるリーフレットを手にしています。

 表題は 「御由緒記」

 発行者は通称 「風宮不吹堂五社大明神」。 明治元年に社号を 「級長戸辺(しなとべ)神社」 と改称する社、





風宮不吹堂五社大明神 級長戸辺(しなとべ)神社
風宮不吹堂五社大明神  Photo by Soseiranzou 撮影場所:富山県 南砺市 南砺市是安5726番地 級長戸辺神社


1956年(昭和31年)には、当時、合成繊維の中でも画期的といわれたナイロンを使って織物生産が始まり、指導所が創設されてから4年後の1957年(昭和32年)の記述になる。

(リーフレットより抜粋、原文のまま)

昭和32年弊殿改築落成。同14日県養蚕指導所山田茂氏中心となり、呉西地区(1344戸)の養蚕守護神として八尾町養蚕宮より分霊 奉安時に山田村農協長水口初次郎氏奉賛会長となり 養蚕振興会長田中盛好氏(利賀村農協長)先行役として奉仕する。


リーフレットから養蚕指導所の立場が伺え、内容から昭和32年に養蚕守護神オオゲツヒメを分霊奉安するなど 「養蚕の士気は高かった」 ことが窺われる。

 「養蚕は未来がある」 は、翔梧の父ばかりでなく養蚕農家の総意でもあった。

 ではいったいなぜ、父は見通しが悪く狭くて危ない道でハンドル操作が不能になるほど車を暴走させたのか?。 

 車の操作に馴れない父が車を暴走させたとなると、ブレーキ関係が原因ではないか。


”お前は、父が速度を緩められなかった原因として、ブレーキペダルとブレーキ装置を連結する 「ワイヤーの破断」、

(当時の車はブレーキペダルとブレーキ装置をワイヤーで連結していた)

 もしくは、ブレーキ多用でブレーキ素材が耐熱温度を越えて分解、摩擦力を無くする 「熱フェード現象」 により制動不能に陥ったと推測するのだろう ”


 今まで黙っていた 「兄を名乗る男」 がいきなり、翔梧の耳元で囁いた。


「そうでないというのか それならば、納得できる根拠を示せ」


 浮かんだ推測を先回りして否定され、うろたえた翔梧は思わず大きな声を出した。

 離れた所にいる翔一が声を聞きつけて翔梧を見た。 


 姿の見えない声はなおも続く。


”大声を立てるな。お前は先ほど頭の中に描いたではないか。虚しく噛んだ砂利をタイヤが振り払う 「ザザザッ」 という悲鳴に似た音をたて、砂ぼこりを巻き上げながら一直線に谷へ …… と、運転手の証言が正しければブレーキは効いたということだ”


 男の指摘に翔梧は アッ と声をあげた。


 現場検証で 「ブレーキが効いたか」 は当然調べる。 男の指摘は間違いないだろう。

 ブレーキの故障という話が出なかったのは、そのためか。翔梧は納得するしかない。


 しかも事故は、「五箇山へ向かう途中ではなく帰り道で起きた」 と、今更のように気が付いた。

 帰り道であれば何も急ぐことはなかった。

 運転に疲れたようであれば途中で休んでも良く、処置が手に負えないとなればすぐに応援を頼んだ方が、戻って出直すよりもずっと早い。


 父の運転する車は曲がり角の死角から現れ、止まることなく一直線に谷へ消えていった。

 やはり 「自殺説」 は本当なんだろうか、疑問が巡った。



”お前は両親の事故がどうして起きたのか知りたいようだな。ならば俺が直接聞かせてやる”

 姿の見えない声が終わらないうちに、翔一が声をかけながら寄ってきた。


「翔梧、お前は少し変だぞ、法事の前にもそうだったが、今も何をぶつぶつ言っている」


「今の年齢にさらなる十三年を纏った翔梧」 と知らない翔一は、昨日と姿は変わらないが急に大人びた雰囲気を持つ翔梧を、戸惑いの目で見つめた。

 それで相談する気になったのか。


「翔梧は何か聞いていないか」


 長い間抱えていたと言わんばかりに、疑問を打ち明けた。


「俺の翔一という名は長男だから不思議でないが、俺とお前だけの二人兄弟なのに、なぜか二、三、四と間を空けて翔梧、何だかおかしいと思わないか?」 


 兄の様子から見て深刻な話しかと思えば、受けとり方でどうにでも取れる話で翔梧は返す言葉に詰まった。



「そのことと両親の事故に何かつながりが有るとでも?」

「そういう訳でもないが、もしかしたら翔梧は、何か理由を知っているだろうかと思っただけだ」

「名前なんて決められた人たちは重要かもしれないが、一人ひとりが間違われないようにするための符号のようなものだ」

「翔梧は何事も気楽でいいな」

「兄さんはすべてに細かく考えすぎだよ」


 その時は兄の話を軽く受け流したつもりの翔梧だったが、後になって、「なぜか二、三、四と間を空けてお前は翔梧」 が心に残った。


「ところで、父さんたちが向かった五箇山の養蚕農家だけど、蚕はその後どうなったの?」

「蚕は全滅だったと聞いた。父さんたちがもう少し早く着いたところで結果は同じだったようだ」

「父さんは悔しかっただろうな。養蚕の行く末が係っていたのだから」

「どうしようもない話だ。その件については ・・・」
 

 車の音に気付いた翔一が話を止めた。 音の聞こえた方角を見れば、峠側から下って来る車がある。


「あっ、あそこに来る車は北さんじゃないか、北さんは父さんが委託していた農家の方で、今日この場所で会う約束になっている。その辺りの事情に詳しいだろうから聞いてみよう」


 やがて路肩に車を止め、手に花束を持った男が兄弟に近づいた。


(どうして、どうしてなんだ!)


 北さんの顔形が確かになるにつれて、翔梧は驚きのあまり声も出ない。


”お前は両親の事故原因が分からなくて悩んでいるのか。ならば俺が直接直接聞かせてやる”

 先ほどの姿の見えない声が頭の中に蘇った。



マスターの素姓乱雑です。
 
 
 第五話はここまでとさせていただきます。 最後までご覧いただきありがとうございました。
 
 
 次回という機会があれば、「北さんが語る両親の 『蚕』 と 『回顧』」 になります。

 
 なお、この物語はフィクションであり、実在する事件、事故と関係がありません。

 物語の作成にあたり、 旧城端町発行の『城端町史』 のほか、webで 「蚕」 「絹」 についての記述を参考にさせていただきました。
 
 通称 「風宮不吹堂五社大明神」 級長戸辺(しなとべ)神社のリーフレット内容を転記させていただきました。

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コメント 15

There are no comments yet.
utokyo318
2023/11/15 (Wed) 05:08

我が家も、娘の学校のことで偏向報道されたことがあり、報道は鵜呑みにするべきではないということを学びました。
訂正記事はめったにないので、本当に困りますね(~_~;)

宮崎の勤
2023/11/15 (Wed) 20:27

復帰されてる。嬉しい限り。
過去に、現在に、ややこしいけど読み続けたい。

JDA
2023/11/16 (Thu) 02:17

復活、有難いです。
翔一 → ニ、三、四 抜きの → 翔梧 が、気になります。
次回を待っています。

素姓乱雑
2023/11/16 (Thu) 05:56

utokyo318さんへ

> 娘の学校のことで偏向報道されたことがあり、報道は鵜呑みにするべきではないということを学びました。

今やどこまでが真実か分からない。鵜呑みにすると大変です😒

素姓乱雑
2023/11/16 (Thu) 06:13

宮崎の勤さんへ

> 復帰されてる。嬉しい限り。

ありがとうございます。期間限定筆記人です。

> 過去に、現在に、ややこしいけど読み続けたい。

読む人にすればややこしいでしょうね。過去のそのまた過去ですから。
読んでおかしいと思ったところは指摘してください。
みんなでわいわい、がやがや言うのがAnthony’S Cafeの
いいところだと思っていますから。 

素姓乱雑
2023/11/16 (Thu) 06:24

JDAさんへ

> 復活、有難いです。

ありがとうございます。期間限定筆記人です。

> 翔一 → ニ、三、四 抜きの → 翔梧 が、気になります。

昔は兄弟がたくさんいました、12人兄弟という方もいました。
当然、名前なんか面倒くさい、といういい加減な親もいましたので
あまり気にしないでください。(翔梧より)

> 次回を待っています。

読んでおかしいと思ったところは指摘してください。
みんなでわいわい、がやがや言うのがAnthony’S Cafeの
いいところだと思っていますから。

宮崎の美子
2023/11/17 (Fri) 01:30

K.Miyamotoさんが復帰されて嬉しいです。編集長もやる気が出て病魔を追い払えるでしょう!
この「かいこ」はサスペンスあり、SF?っぽいところありで、楽しく読ませていただいています。

素姓乱雑
2023/11/17 (Fri) 07:14

宮崎の美子さんへ

>編集長もやる気が出て病魔を追い払えるでしょう!

そうなるといいのですが。

>楽しく読ませていただいています。

ありがとうございます。
読んでおかしいと思ったところは指摘してください。
みんなでわいわい、がやがや言うのがAnthony’S Cafeの
いいところだと思っていますので。

Noriちゃんねる
2023/11/17 (Fri) 20:53

こんばんは

復活とても嬉しいです
養蚕が斜陽していった昭和を思い出しながら拝読させていただきました
続きを楽しみにしてます。

ちるちるみちる
2023/11/18 (Sat) 03:32

復帰されて、こうやってまた「かいこ」が読めるなんて、嬉しいです。
謎の「姿の見えない声」の正体が気になります。やっぱり、兄の声なんでしょうかね。

素姓乱雑
2023/11/18 (Sat) 14:09

Noriちゃんねるさんへ

> 復活とても嬉しいです

ありがとうございます。期間限定筆記人です。

>養蚕が斜陽していった昭和を思い出しながら拝読させていただきました.

五箇山の養蚕は特殊なんですね。幕末に硝煙が買い上げされなくなり、明治になり生計のため養蚕を苦労の末におおきくした。それが昭和になり消えてゆく。その消えてゆく一時をフイクションで描いていますが、
読んでおかしいと思ったところは指摘してください。
みんなでわいわい、がやがや言うのがAnthony’S Cafeの
いいところだと思っていますので。

素姓乱雑
2023/11/18 (Sat) 14:23

ちるちるみちるさんへ

> また「かいこ」が読めるなんて、嬉しいです。

ありがとうございます。期間限定筆記人です。

> 謎の「姿の見えない声」の正体が気になります。やっぱり、兄の声なんでしょうかね。

ん~~、申し訳ありませんがお答えできません。読んでいただいた上でのご判断に委ねたいと思います。
ミスマッチのところがあれば指摘してください。
みんなでわいわい、がやがや言うのがAnthony’S Cafeの
いいところだと思っていますので。

昔からの一読者
2023/11/19 (Sun) 11:53

あれ、もう一気に連続投稿ですか。「舌の根の乾かぬ内」とは、このことを言う
のではないのですか?  でも、1ヶ月以上経過したからいいのですか? 
それに、一ヶ月に一回の投稿にしてるとかなんとかもったいぶった言い方を
してませんでしたか? 何様と思っているの? あと、ここまでハッキリと啖呵を
切ったのに、どの面下げて出て来たの?と言いたい。 で、あなたは認知症で
要介護の老人なんですか? 武士に二言はある? 認知症のボケ老人だから
こんなのも許されるのですか?


2023/09/27 (Wed) 16:32

それと、別件になりますが、
熟考した結果ですが、これ以後、
Anthony's CAFEへの投稿、及び、コメントの参加を止めますので、寂れた
スナックで語る物語 第八話 「かいこ」(4)にて終了したいと思います。

短い間でしたがいい経験をさせていただきました。
Anthony's CAFEのスタッフの皆さん、読者の方々ありがとうございました。

中島 朱実
2023/12/08 (Fri) 15:21

To 昔からの一読者

ごちゃごちゃ、やかましいじゃボケ!

本当に、アンソニーズ・カフェに来る奴って、
理屈っぽくて捻くれてて可愛げのない奴ばかりだから嫌いなんだよ。
まあ、アンソニー自身がそんな人間だからなあ。

宮本さんが復活したのは、読者のみなさんが望んだことなんだよ。
だから、いいじゃねえか。
それ以上でもそれ以下でもないのよ。黙っとけ!

だから、オイラは今度ここに来ない。
それにだ。情けでリンク貼る必要ないぞ。アンソニーよ。

消して貰ってかまわないぜ。
ちっとは、人を頼らず、全部自分の記事でアクセス稼いでみやがれってんだ。

本音いえてすっきりした。

じゃあ、元気でな。

昔からの一読者
2023/12/09 (Sat) 11:40

私は嘘つきと偽善者が大嫌いです。はっきり言いますが、宮本氏は
嘘つきで偽善者なんですよ。読者の皆さんが望んだから復活したって?? 
何アホな事を言ってるの!ここの読書は、有に百人はいるでしょうね。
復活を望んだのは、たったの数人でしょ! あんたは、「アホちゃい
まんねん、パーでんねん」でしょうか?

さらに、アンソニー編集長を批判していますが、彼は、重篤な病気を
抱えているにも関わらず、懸命にblog運営をしてると思いますよ。
批判はお門違いというとこ。




2023/09/27 (Wed) 16:32

それと、別件になりますが、
熟考した結果ですが、これ以後、
Anthony's CAFEへの投稿、及び、コメントの参加を止めますので、寂れた
スナックで語る物語 第八話 「かいこ」(4)にて終了したいと思います。

短い間でしたがいい経験をさせていただきました。
Anthony's CAFEのスタッフの皆さん、読者の方々ありがとうございました。

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