アゴ A GO GO (ショート・ストーリー)

Long long ago あるところに大層アゴの長い男がいました。


 男のあだ名は 「チョーチン」 です。「長いアゴ(Chin)」 もじってつけられた名前で、男はそれをとても気に入っていました。


 男は大した取り柄もなく、無職でしたが、目立つアゴのおかげで村の人気者だったのです。

 ところがある日、男に思いがけない不幸が訪れました。なんと男の家の隣に、男よりもさらに長いアゴを持った老人が引っ越してきたのです。

「ま、負けた……」
 
 男はうなだれました。

 自慢のアゴも、氷柱のように伸びた老人のアゴにはさすがに見劣りします。











投稿者:クロノイチ


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 数日後、いつの間にか、その老人のあだ名が 「チョーチン」 となっていました。男はといえば、本名に 「さん」 付けでよそよそしく呼ばれるあり様です。

「なんで、そうなるんだよ。オカシイだろ!」
 
 いきなりあだ名を奪われた男は大いに落胆しました。

 でも、男もそう簡単にはめげません。なぜなら、男のアゴは長さでは老人に及ばないものの、幅と肉厚さでは圧倒的に勝っていたからです。自分にはもっと相応しいあだ名があるはずだと気を取り直し思案しました。

(そうだ。俺のアゴは長いというよりデカいんだ。── よし。俺は今日から 『デカチン(Chin)』 と名乗るぞ!」

 その日から男は、自らつけた自分のあだ名を衆知徹底する活動に励みました。

「ふはははは。もはやこのデカチン様の名を知らぬ者はこの界隈にはおるまい」
 
 男は満足げに笑いました。── ところが……
 
 運命はまたしても男を弄びました。
 
 なんと男よりも遥かに巨大なアゴを持つ青年が、向かいの家に引っ越してきたのです。何たる青天の霹靂! 
 
 たちまちその青年が 「デカチン」 というあだ名で呼ばれるようになりました。男の不幸はそればかりではありません。男のアゴが青年の物と比較して明らかに小さいため、絶対的には相当大きなアゴであるにも関わらず、「粗チン」 という屈辱的なあだ名をつけられてしまったのです。

 これには男もアゴで地面を掘り返さんばかりに怒りました。

「『粗チン』 はあんまりだ。変えろ!」
 
 村人も言い返します。

「じゃあ、この間みたいに本名で呼ぶぞ」

「いや、何かもうちょっとこう親しみを持てる感じの呼び名をつけてくれ」

「なら、珍しいアゴだから 『珍チン』」

「それはちょっと」

「無職だから 『プーチン』」

「やめて、恐ろしや」

「贅沢な奴だな。何が不満なんだ」

「普通嫌だろ、そんな名前」

「だったらもう一回自分で名乗り直せ。相応しい名前なら定着するだろうよ」

「そうか。なら 『トビウオ』 と呼んでもらえないだろうか」

「『トビウオ』 ……? なんでまた?」

「いやぁ、アゴだし ……」

「却下!」

 結局、男はまたしても本名プラス 「さん」 で呼ばれるようになりました。

 定職もなく何の取り柄もない男は、唯一のアピールポイントすら失ってしまい、もはや人気者でもなんでもありません。
 
 男は慨嘆しました。

(ああ、俺というやつはアゴが人と変わってたから注目されてただけで、それを取ってしまったら、ただの平凡な遊び人に過ぎないんだな。誰からも注意を払われず、いてもいなくても変わらない 『透明な』 存在。── これがホントの むしょく 透明)

 やがて吹っ切れた男は村を出ることにしました。

(どうせ俺にはアゴしかないんだ。だったらアゴで目立てる場所にこっちから行けばいい)
 
 そう考えた男は、家を売りそのお金で小さな手漕ぎボートと食糧を買いました。まずは川を舟で下って海へ出ようというのです。
 
 男は自分の舟に 「勝利のアゴの舟」 という意味を込め、「ビクトリ・ア号」 と名付けました。そして力強くこう叫んだのです。

「第一目標、『あご湾』! 発進!」

 けれども、結局男はすぐに 顎を出して 旅を断念しましたとさ。

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