明晰夢 その3 (ショート・ストーリー)
夢のコラボ
我が街には時々ヒーローがやってくる。
数年前からのことなのだが、あたしの住む街にこのところ頻繁に凶悪な怪獣が出現するようになった。だいたい一週間に一度は異なる怪獣が現れて大暴れする。
自衛隊も歯が立たない怪獣ばかりだ。当然避難勧告も出た。でも誰も避難せずに、束の間の平和を楽しんでいる。
ヒーローがやって来て、たちどころに退治してくれるとわかっているからだ。
ヒーローは、カッコいいマスクの細マッチョな銀色の巨人で、人間の味方である。我々をいかなる怪獣の脅威からも守ってくれる神のような存在だ。
投稿者:クロノイチ
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空を飛びプロレス技を使い、光線技を放って、たったの三分間で怪獣を退治してくれる。その上、どこへ持っていくのか知らないが怪獣の死体の始末までしてくれるのだ。ありがたいことこの上ない。
あれ、でも ……
そういえばこのところ怪獣出ていないな。こんなこと、怪獣が最初に出現してからというもの一度もないんだけど。もう一か月も怪獣の姿を見ていないのか。ひょっとして絶滅したかな。ヒーローの雄姿を見られないのは残念だけど、平穏無事というのもいいもんだな。
駅を出て繁華街へ向かおうとすると、空の一点に巨大な光の球が出現した。これはヒーローの出現する前兆である。おっ、久々にお出ましか?
にしても、おかしいな。怪獣は出ていないのに。
地上に降り立ったヒーローの眼はどことなく血走っているように見えた。その口の端からはヨダレのような透明な液体が大量にこぼれだしている。
ヒーローは舐めるようにあたりを眺め回し、やがて人があふれ返っているスクランブル交差点に、無造作に腕を伸ばした。響き渡る悲鳴。そして手を口の方へと持っていく。
ああ、ヒーローにとって怪獣って、そういう存在だったのね。
……………………
…………
(おかしい……)
俺は異様な光景に目を奪われていた。これは俺の明晰夢で、俺の意志通りのシチュエーションになるはず。なのにどうして俺の好みが全然反映されないんだ?
銀色の巨人が地響きを立てながら進んでいく。
(あれは、姉ちゃん!)
口を真っ赤に染めた巨人が、道路に立ちすくむ姉ちゃんに視線を落とした。
(助けなきゃ! 姉ちゃん、移動しろっ)
俺は必死で念じた。なのに姉ちゃんをどこへも飛ばすことができない。絶不調だ。
(ならば、戦うしかない。変身だっ!)
本来の俺なら超人化することも変身も合体も思いのままのはず。あ、合体は相手が要るけど。
「チェンジ! チャレンジャー!」
俺は、一番大好きな戦隊ヒーローの「レッドダージリン」に変身を試みた。
だが。
(なぜだ。なぜ変わらない?)
俺は愕然とした。自分の意志を夢に反映できない。ただし、全然ダメというわけではなく、俺の左腕にはレッドダージリンの変身ブレスレットがちゃんと発生している。それでいて強化スーツの装着には失敗しているのだからわけがわからなん。何かに妨害されているという考え方がしっくりきた。
でも、もはや原因を追求している余裕はなかった。チンタラしてたら姉ちゃんがやられちまう。たとえ夢の中であろうと、姉ちゃんを見殺しにしてしまったら、文字通り 「寝覚めが悪い」。
打てる手は全部打とう。もし変身ブレスが僅かにでも機能しているのなら、もう一つだけやれることがある 「挑戦隊チャレンジャー」 の戦闘ロボを呼ぶのだ。あの巨大な「鋼の機械の神」を。
「来たれ! 鋼機神 (こうきしん) オーセイダァァZ (ゼット)!」
成功だ。
稲妻とともに天空より次元を超えてバカでかいロボットが出現した。これぞ男のロマンである。俺は素早く鋼機神オーセイダァァZに乗り込むと、間一髪で銀色の巨人に体当たりを食らわせることができた。
「姉ちゃん、早く逃げろ!」
俺がコクピットの中から叫ぶと姉ちゃんは一瞬不思議そうな顔をした。それも束の間、恐怖と怯えと緊張の表情に戻る。やけにリアルな表情変化である。
銀色の巨人がオーセイダァァZを恨めしげに睨む。やーい。幾ら食いたくてもロボットは無理だろ。
姉ちゃんが走り出した。両目に涙を浮かべながら、必死で両手両足を動かしている。
あれ、俺、こんな顔した姉ちゃん見たことあったっけ? いや、ない。俺が知らない姉ちゃんだ。
…………
脳裏に閃くものがあった。
もしかするとここは姉ちゃんが見ている夢?
くすぶっていた疑問が氷解する感覚。
というか俺の夢と姉ちゃんの夢がくっついちまったんじゃ?
きっとそうだ。原因はわからないが。
メタ的な言い方をすれば、これぞまさしく 「夢のコラボ」。タイトル詐欺にならなくて済んだって感じ。
だったらこの夢が半分しか俺の思い通りにならないのも無理ないな。
銀色の巨人がゆっくりと胸の前で両手をクロスさせる。いきなりヤバいムード。めでたくオーセイダァァZが敵認定されたらしい。俺はいろんな特撮番組を見てきているから、次に何が来るか手に取るようにわかる。
「やっぱ光線かよ!」
事前に察知していた俺は、ぎりぎりのところで破壊光線をかわすことができた。代わりに直撃を受けたビルが爆発炎上している。
奴め、今ので相当エネルギーを消耗したな。急に胸のランプが点滅し始めたぞ。
今度はこっちの番だ。オーセイダァァZ最大最強の必殺兵器で粉砕してやるぜ。
「くたばりやがれ。『オーセイ・グッバイ』 砲、ファイヤー!」
…………
ダメだ。構えたバスター砲から光線が出ない。俺のイメージがかき消される感覚。銀色の巨人が口の端をつり上げ不気味に笑う。
突如、コクピットのスクリーンの端っこに姉ちゃんの姿が映し出された。まだ、あれっぽっちしか移動していないのか。危険だ。
せめてこの世界が夢だと姉ちゃんが気付いてくれれば。そしたら、半分は姉ちゃんの思い通りになるのに。それなら安全な場所へ逃げることも簡単だったはず。
しかし今は説明している暇はない。また、いきなり説明しても理解してもらえないだろう。
だったらここは俺が踏ん張るしかない。やるぞ。飛び道具が使えないなら次は剣だ。剣でぶった斬ってやる!
「鋼機神から剣モードへ変形! ──完成! 暴剣神 (ぼうけんしん) ミナギッタァァJ (ジェイ)!」
ミナギッタァァJは両刃の大剣そのものの姿をした戦闘機。言うなれば「剣闘機」である。さあ、問題は大空を自由に飛べるか、思い通りに剣を揮えるかだ。
(姉ちゃん。力を貸してくれ)
思わず願わずにはいられない。
── そうか。そうだっ。
俺は思いつきを直ちに実行した。姉ちゃんに向かってこう叫ぶ。
「姉ちゃん。もう逃げなくていい。これは悪い夢だ。こんな悪夢、俺が覚ましてやるから、姉ちゃんは俺の勝利を祈っていてくれ」
姉ちゃんは深く頷くと、胸の前で両手を組み合わせ目を閉じた。
ああ、これでいい。事細かに説明して理解してもらう必要なんてなかった。世界に対する思いが一つにさえなれば、それで充分だ。
「飛べ! 暴剣神ミナギッタァァJ」
銀色の巨人の遥か上空に、超弩級の剣が瞬時に舞い上がる。実にスムーズだ。
俺の中に世界を支配できる全能感が蘇った。もはやいつもの明晰夢に過ぎない。何もかも俺の思い通りになる。
「さあ、行くぜ、銀色の化け物。この剣で悪夢もお前も お開き にしてやる!」
END
あらら、剣で銀色の化け物を 「開き」 にして、うまく夢を締めくくりたかったんだけどね。
うっかり三枚おろしにしちまった。
エピローグ
朝、起きると姉ちゃんが俺の部屋の前で立っていた。
「おはよう、姉ちゃん」
「おはよう」
普通に挨拶を返してきた姉ちゃんが、そのまま照れくさそうにモジモジしている。
「どうした?」
「あのね、変なこと訊いてもいい?」
そう言って上目遣いで俺を見てくる。
「あん? 唐突に何だよ?」
「ゆうべ生まれて初めて色付きの鮮明な夢を見たんだけどね…… ── もしかして夢の中で助けてくれた?」
「え?」
「不思議だけどそんな気がするのよね。── ねえ、助けてくれた?」
「…………」
うーん。どう返事したものか。
まさか、と言って適当に誤魔化しとけどいいかな。── と思ったが、マジな話において、姉ちゃんに俺のウソは通用しない。
だから冗談めかしてこう言うことにした。
「ああ。夢中 でな」
我が街には時々ヒーローがやってくる。
数年前からのことなのだが、あたしの住む街にこのところ頻繁に凶悪な怪獣が出現するようになった。だいたい一週間に一度は異なる怪獣が現れて大暴れする。
自衛隊も歯が立たない怪獣ばかりだ。当然避難勧告も出た。でも誰も避難せずに、束の間の平和を楽しんでいる。
ヒーローがやって来て、たちどころに退治してくれるとわかっているからだ。
ヒーローは、カッコいいマスクの細マッチョな銀色の巨人で、人間の味方である。我々をいかなる怪獣の脅威からも守ってくれる神のような存在だ。
投稿者:クロノイチ



空を飛びプロレス技を使い、光線技を放って、たったの三分間で怪獣を退治してくれる。その上、どこへ持っていくのか知らないが怪獣の死体の始末までしてくれるのだ。ありがたいことこの上ない。
あれ、でも ……
そういえばこのところ怪獣出ていないな。こんなこと、怪獣が最初に出現してからというもの一度もないんだけど。もう一か月も怪獣の姿を見ていないのか。ひょっとして絶滅したかな。ヒーローの雄姿を見られないのは残念だけど、平穏無事というのもいいもんだな。
駅を出て繁華街へ向かおうとすると、空の一点に巨大な光の球が出現した。これはヒーローの出現する前兆である。おっ、久々にお出ましか?
にしても、おかしいな。怪獣は出ていないのに。
地上に降り立ったヒーローの眼はどことなく血走っているように見えた。その口の端からはヨダレのような透明な液体が大量にこぼれだしている。
ヒーローは舐めるようにあたりを眺め回し、やがて人があふれ返っているスクランブル交差点に、無造作に腕を伸ばした。響き渡る悲鳴。そして手を口の方へと持っていく。
ああ、ヒーローにとって怪獣って、そういう存在だったのね。
……………………
…………
(おかしい……)
俺は異様な光景に目を奪われていた。これは俺の明晰夢で、俺の意志通りのシチュエーションになるはず。なのにどうして俺の好みが全然反映されないんだ?
銀色の巨人が地響きを立てながら進んでいく。
(あれは、姉ちゃん!)
口を真っ赤に染めた巨人が、道路に立ちすくむ姉ちゃんに視線を落とした。
(助けなきゃ! 姉ちゃん、移動しろっ)
俺は必死で念じた。なのに姉ちゃんをどこへも飛ばすことができない。絶不調だ。
(ならば、戦うしかない。変身だっ!)
本来の俺なら超人化することも変身も合体も思いのままのはず。あ、合体は相手が要るけど。
「チェンジ! チャレンジャー!」
俺は、一番大好きな戦隊ヒーローの「レッドダージリン」に変身を試みた。
だが。
(なぜだ。なぜ変わらない?)
俺は愕然とした。自分の意志を夢に反映できない。ただし、全然ダメというわけではなく、俺の左腕にはレッドダージリンの変身ブレスレットがちゃんと発生している。それでいて強化スーツの装着には失敗しているのだからわけがわからなん。何かに妨害されているという考え方がしっくりきた。
でも、もはや原因を追求している余裕はなかった。チンタラしてたら姉ちゃんがやられちまう。たとえ夢の中であろうと、姉ちゃんを見殺しにしてしまったら、文字通り 「寝覚めが悪い」。
打てる手は全部打とう。もし変身ブレスが僅かにでも機能しているのなら、もう一つだけやれることがある 「挑戦隊チャレンジャー」 の戦闘ロボを呼ぶのだ。あの巨大な「鋼の機械の神」を。
「来たれ! 鋼機神 (こうきしん) オーセイダァァZ (ゼット)!」
成功だ。
稲妻とともに天空より次元を超えてバカでかいロボットが出現した。これぞ男のロマンである。俺は素早く鋼機神オーセイダァァZに乗り込むと、間一髪で銀色の巨人に体当たりを食らわせることができた。
「姉ちゃん、早く逃げろ!」
俺がコクピットの中から叫ぶと姉ちゃんは一瞬不思議そうな顔をした。それも束の間、恐怖と怯えと緊張の表情に戻る。やけにリアルな表情変化である。
銀色の巨人がオーセイダァァZを恨めしげに睨む。やーい。幾ら食いたくてもロボットは無理だろ。
姉ちゃんが走り出した。両目に涙を浮かべながら、必死で両手両足を動かしている。
あれ、俺、こんな顔した姉ちゃん見たことあったっけ? いや、ない。俺が知らない姉ちゃんだ。
…………
脳裏に閃くものがあった。
もしかするとここは姉ちゃんが見ている夢?
くすぶっていた疑問が氷解する感覚。
というか俺の夢と姉ちゃんの夢がくっついちまったんじゃ?
きっとそうだ。原因はわからないが。
メタ的な言い方をすれば、これぞまさしく 「夢のコラボ」。タイトル詐欺にならなくて済んだって感じ。
だったらこの夢が半分しか俺の思い通りにならないのも無理ないな。
銀色の巨人がゆっくりと胸の前で両手をクロスさせる。いきなりヤバいムード。めでたくオーセイダァァZが敵認定されたらしい。俺はいろんな特撮番組を見てきているから、次に何が来るか手に取るようにわかる。
「やっぱ光線かよ!」
事前に察知していた俺は、ぎりぎりのところで破壊光線をかわすことができた。代わりに直撃を受けたビルが爆発炎上している。
奴め、今ので相当エネルギーを消耗したな。急に胸のランプが点滅し始めたぞ。
今度はこっちの番だ。オーセイダァァZ最大最強の必殺兵器で粉砕してやるぜ。
「くたばりやがれ。『オーセイ・グッバイ』 砲、ファイヤー!」
…………
ダメだ。構えたバスター砲から光線が出ない。俺のイメージがかき消される感覚。銀色の巨人が口の端をつり上げ不気味に笑う。
突如、コクピットのスクリーンの端っこに姉ちゃんの姿が映し出された。まだ、あれっぽっちしか移動していないのか。危険だ。
せめてこの世界が夢だと姉ちゃんが気付いてくれれば。そしたら、半分は姉ちゃんの思い通りになるのに。それなら安全な場所へ逃げることも簡単だったはず。
しかし今は説明している暇はない。また、いきなり説明しても理解してもらえないだろう。
だったらここは俺が踏ん張るしかない。やるぞ。飛び道具が使えないなら次は剣だ。剣でぶった斬ってやる!
「鋼機神から剣モードへ変形! ──完成! 暴剣神 (ぼうけんしん) ミナギッタァァJ (ジェイ)!」
ミナギッタァァJは両刃の大剣そのものの姿をした戦闘機。言うなれば「剣闘機」である。さあ、問題は大空を自由に飛べるか、思い通りに剣を揮えるかだ。
(姉ちゃん。力を貸してくれ)
思わず願わずにはいられない。
── そうか。そうだっ。
俺は思いつきを直ちに実行した。姉ちゃんに向かってこう叫ぶ。
「姉ちゃん。もう逃げなくていい。これは悪い夢だ。こんな悪夢、俺が覚ましてやるから、姉ちゃんは俺の勝利を祈っていてくれ」
姉ちゃんは深く頷くと、胸の前で両手を組み合わせ目を閉じた。
ああ、これでいい。事細かに説明して理解してもらう必要なんてなかった。世界に対する思いが一つにさえなれば、それで充分だ。
「飛べ! 暴剣神ミナギッタァァJ」
銀色の巨人の遥か上空に、超弩級の剣が瞬時に舞い上がる。実にスムーズだ。
俺の中に世界を支配できる全能感が蘇った。もはやいつもの明晰夢に過ぎない。何もかも俺の思い通りになる。
「さあ、行くぜ、銀色の化け物。この剣で悪夢もお前も お開き にしてやる!」
END
あらら、剣で銀色の化け物を 「開き」 にして、うまく夢を締めくくりたかったんだけどね。
うっかり三枚おろしにしちまった。
エピローグ
朝、起きると姉ちゃんが俺の部屋の前で立っていた。
「おはよう、姉ちゃん」
「おはよう」
普通に挨拶を返してきた姉ちゃんが、そのまま照れくさそうにモジモジしている。
「どうした?」
「あのね、変なこと訊いてもいい?」
そう言って上目遣いで俺を見てくる。
「あん? 唐突に何だよ?」
「ゆうべ生まれて初めて色付きの鮮明な夢を見たんだけどね…… ── もしかして夢の中で助けてくれた?」
「え?」
「不思議だけどそんな気がするのよね。── ねえ、助けてくれた?」
「…………」
うーん。どう返事したものか。
まさか、と言って適当に誤魔化しとけどいいかな。── と思ったが、マジな話において、姉ちゃんに俺のウソは通用しない。
だから冗談めかしてこう言うことにした。
「ああ。夢中 でな」
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