おやつ (ショート・ストーリー)

戸棚に賞味期限切れ直後のお茶菓子があったので、弟の部屋に 「おやつ」 として持っていく。


 大丈夫。 弟ならばたとえ賞味期限を一週間過ぎていたとしても、お腹をこわすことなどない。


「ヤツよ」
 
 あたしはわざと嫌そうにそう言うと、おやつの皿をお盆ごと手渡した。
 
 弟が 「おやつのことはヤツと呼べ」 としつこいもんで、まあ、そのくらいならいいかと思いながらも、言いなりになるのも癪に障るんで、ついこんな感じに。

「サンキュ。ヤツも随分と丸くなったもんだな」
 
 ただのまんじゅうである。











投稿者:クロノイチ


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「しかし、ヤツめ。けっこう甘いな」
 
 まんじゅうが甘いのは当たり前だ。

「歯ごたえのないヤツめ」
 
 まんじゅうだからね。

「文句はっかりなら食べなくてもいいわよ」

「いや、普通にうまいよ。この皮のパサパサ感がなんとも」
 
 褒めどころが全然普通じゃない。干からびかけているだけなのに。

「ところで、あんた、珍しく勉強してるかと思ったら、ノートに何書いてるのよ?」

「ああ、これか」

 弟は大学ノートに書きなぐられた、グチャグチャの模様をあたしに見せた。

「ちょっとジョークを考えててね。よかったら評価を頼む」

「何よ、それって文字だったの? 全く読めないから、自分で読んでくれる?」

「仕方ねえな」

 弟が口調とは裏腹の得意気な表情で喋り出す。

「ハイドンと言えば、ハイ、どんな曲を作曲したことで有名でしょう」

「ハイドンは何も知らぬでごわす」

「鹿児島人かよ!」

 弟はどうだと言わんばかりの顏で、あたしを見つめる。── え、評価しなきゃなんないの、これを? あたしがクスリともしなかった時点で、結果なんてわかってるはずなのに。

 どうやら言わなきゃわからないようである。

「五十点ね。『無口な借金取り』 ってとこかな」

「何だよ。その譬え」

「あら、そのくらいわからないの? やっぱりまだまだね」

 
あたしはニコリと笑ってこう言ってやった。

「『取り立てて、何も言うことはない』」

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