悪魔が来りて・・・ (ショート・ストーリー)
臨時収入が入ったので、ちょっと高級なお惣菜を買おうと思って近所のデパ地下に行った。
あれ?
なぜか弟がついて来る。
「どうしたのよ」
「こないだ、宿題手伝ってもらったし、メシでもおごってやろうと思ってな」
ありえない。この弟に限っては。絶対に何か魂胆があるはずである。
「別に気を遣わなくたっていいわよ」
「そう言わずにおごらせてくれ。こっちの気が済まないんだ」
怪しすぎる。だが狙いが今一つはっきりしない。
あたしは敢えて火中の栗を拾ってみることにした。
投稿者:クロノイチ
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あれ?
なぜか弟がついて来る。
「どうしたのよ」
「こないだ、宿題手伝ってもらったし、メシでもおごってやろうと思ってな」
ありえない。この弟に限っては。絶対に何か魂胆があるはずである。
「別に気を遣わなくたっていいわよ」
「そう言わずにおごらせてくれ。こっちの気が済まないんだ」
怪しすぎる。だが狙いが今一つはっきりしない。
あたしは敢えて火中の栗を拾ってみることにした。
投稿者:クロノイチ



「じゃあ、中華が食べたいな」
「オーケー。好きなだけおごってやるよ」
というわけで、ここはデパート8階の中華レストラン。遠慮して日替わりランチを頼んだあたしを尻目に、弟は大皿の料理を何皿も注文して食べまくった。
食べ方は汚く、はっきり言って周囲に恥ずかしいレベルである。ムチャクチャ食べるのは許せるが、クチャクチャ食べるのは許せない。
「ああ、食った食った。さ、支払いをしなきゃな」
弟が伝票を握る。ここまでは順調だ。
だが、レジに支払い金額が表示された途端、異変は起こった。
「うっ! 何をする……」
弟が急にうずくまる。財布を持った左手を右手で強く押さえつけているように見えた。店員さんが目を丸くしている。ヤバい。きっといつもの小芝居だ。家でやるならともかく、店でやられちゃこっちがたまらない。
「どうしたのよ」
「いや、普通に金を払おうと思ったら、急に右手に悪魔が取りついて邪魔しやがるんだ」
「じゃあ、財布貸して。あたしが代わりに払ってあげるから」
「うはははははは。そんなことをしてみろ。この男の生命はないぞ」
「やめろ、悪魔、俺の身体から出て行け! くそっ、俺は支払いたくてたまらないのに、財布を開くこともできない」
あたしはシラーっとした目で弟を見た。ドスの利いた声と普段の声を切り換えて、二つの人格を演じ分けているつもりだろうが、こんなしょーもない演技でだまされるヤツなど一人としているものか。
「あわわ、どうしましょう。悪魔に乗っ取られちゃってますぅ」
少し天然の入った店員さんが呆然と立ちすくんでいる。 ウソ、まさか、騙されちゃったの?
まあ、その方がこっちはありがたかったりするけど。実の弟が頭のオカシイ人に見られるのはマジ勘弁である。
「大丈夫よ。この子、ちょっと霊感が強くて時々こういうことがあるの。でも、あたしがいるから問題ないわ。── はい、三千円」
あたしは店員さんに言い訳をしつつ、自分のお金で会計を済ませた。
途端に弟は憑き物が落ちたような表情をする。実にショボい演技である。
「はっ? 悪魔が消えた? なぜだ?」
あたしは弟の頭を小突いて言った。
「あたしが ハラって あげたからでしょ!」
「そうか。助かったよ、姉ちゃん。だが、またヤツはまたきそうだ」
ダジャレでキレイに落としたつもりだったのに、弟はあくまでもさっきの演技を続けたいようである。
まあ、気持ちはわからないでもない。一時的に支払ったのは確かにあたしだが、弟が食事をおごるという約束はまだ生きている。後で請求されるのをウソにウソを重ねてでも何とか防ぎたいという魂胆なのだろう。
せっかくこっちが 「ハラってあげた」 の一言で、悪魔も会計もまとめて一件落着にしてあげようとしたのに。とことん愚か者である。
「ところで、悪魔がなんであんたのお金を使わせまいとするのよ」
仕方なく弟の演技に乗ってやることにする。
「いやあ、なんでかな」
どうせなんにも考えてなかったんだろう。所詮、勢いだけの男である。
「まあ、地獄のサタンも金次第というし……」
「言わないから。── そりゃ、ジョークの世界じゃたまに聞くけど、とっくに使い古されてて、今さら感が尋常じゃないわよ」
「いや、ちょっと待って……。── そうそう。さっき俺に取り憑いてた悪魔が、心の中でこんなことを言っていたな」
おお。考えてる考えてる。
「俺の財布の中が、時空の乱れで悪魔達の住む地獄と繋がっているんだそうだ。で、財布を開けて、お金を取り出すと、空いたスペースから地獄が湧き出てくるらしい」
「地獄が?」
「うん。イメージしづらいが、恐ろしいことになるみたいだな。だから、この財布、時空の乱れが直るまで封印するしかない」
「ぴんと来ないわ。簡単にまとめて」
「わかった」
弟は神妙な顏でこう言った。
「財布を開けて、お金を取り出す。 すると、財布の中身が 『hell (ヘル)』 」
「オーケー。好きなだけおごってやるよ」
というわけで、ここはデパート8階の中華レストラン。遠慮して日替わりランチを頼んだあたしを尻目に、弟は大皿の料理を何皿も注文して食べまくった。
食べ方は汚く、はっきり言って周囲に恥ずかしいレベルである。ムチャクチャ食べるのは許せるが、クチャクチャ食べるのは許せない。
「ああ、食った食った。さ、支払いをしなきゃな」
弟が伝票を握る。ここまでは順調だ。
だが、レジに支払い金額が表示された途端、異変は起こった。
「うっ! 何をする……」
弟が急にうずくまる。財布を持った左手を右手で強く押さえつけているように見えた。店員さんが目を丸くしている。ヤバい。きっといつもの小芝居だ。家でやるならともかく、店でやられちゃこっちがたまらない。
「どうしたのよ」
「いや、普通に金を払おうと思ったら、急に右手に悪魔が取りついて邪魔しやがるんだ」
「じゃあ、財布貸して。あたしが代わりに払ってあげるから」
「うはははははは。そんなことをしてみろ。この男の生命はないぞ」
「やめろ、悪魔、俺の身体から出て行け! くそっ、俺は支払いたくてたまらないのに、財布を開くこともできない」
あたしはシラーっとした目で弟を見た。ドスの利いた声と普段の声を切り換えて、二つの人格を演じ分けているつもりだろうが、こんなしょーもない演技でだまされるヤツなど一人としているものか。
「あわわ、どうしましょう。悪魔に乗っ取られちゃってますぅ」
少し天然の入った店員さんが呆然と立ちすくんでいる。 ウソ、まさか、騙されちゃったの?
まあ、その方がこっちはありがたかったりするけど。実の弟が頭のオカシイ人に見られるのはマジ勘弁である。
「大丈夫よ。この子、ちょっと霊感が強くて時々こういうことがあるの。でも、あたしがいるから問題ないわ。── はい、三千円」
あたしは店員さんに言い訳をしつつ、自分のお金で会計を済ませた。
途端に弟は憑き物が落ちたような表情をする。実にショボい演技である。
「はっ? 悪魔が消えた? なぜだ?」
あたしは弟の頭を小突いて言った。
「あたしが ハラって あげたからでしょ!」
「そうか。助かったよ、姉ちゃん。だが、またヤツはまたきそうだ」
ダジャレでキレイに落としたつもりだったのに、弟はあくまでもさっきの演技を続けたいようである。
まあ、気持ちはわからないでもない。一時的に支払ったのは確かにあたしだが、弟が食事をおごるという約束はまだ生きている。後で請求されるのをウソにウソを重ねてでも何とか防ぎたいという魂胆なのだろう。
せっかくこっちが 「ハラってあげた」 の一言で、悪魔も会計もまとめて一件落着にしてあげようとしたのに。とことん愚か者である。
「ところで、悪魔がなんであんたのお金を使わせまいとするのよ」
仕方なく弟の演技に乗ってやることにする。
「いやあ、なんでかな」
どうせなんにも考えてなかったんだろう。所詮、勢いだけの男である。
「まあ、地獄のサタンも金次第というし……」
「言わないから。── そりゃ、ジョークの世界じゃたまに聞くけど、とっくに使い古されてて、今さら感が尋常じゃないわよ」
「いや、ちょっと待って……。── そうそう。さっき俺に取り憑いてた悪魔が、心の中でこんなことを言っていたな」
おお。考えてる考えてる。
「俺の財布の中が、時空の乱れで悪魔達の住む地獄と繋がっているんだそうだ。で、財布を開けて、お金を取り出すと、空いたスペースから地獄が湧き出てくるらしい」
「地獄が?」
「うん。イメージしづらいが、恐ろしいことになるみたいだな。だから、この財布、時空の乱れが直るまで封印するしかない」
「ぴんと来ないわ。簡単にまとめて」
「わかった」
弟は神妙な顏でこう言った。
「財布を開けて、お金を取り出す。 すると、財布の中身が 『hell (ヘル)』 」
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