騎馬戦GO! (ショート・ストーリー)

最近,我が家の庭にはハトが群をなして集まってくるようになった。


 いつの間にかドバトがドバッと。ハトはキライじゃないが、フンが凄い。


 クソッタレだ。糞害に憤慨している。フンガー!
 

 さて今日は日曜日だ。俺は居間で読書をしていた。やはりチェーホフはいいなあ。

 ページをめくっているだけで、賢くなった気分が味わえる。

 さすがは 「知恵豊富」。












投稿者:クロノイチ


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ちなみに先週ははカフカの「変身」を読んだ。この小説について一言ノベル。何だかよくわからないというのが感想である。ちょい読みでは可・不可をはっきりと付けられない感じだった。真剣に読んだら,きっと脳に過負荷が生じて辛くなるだろう。

 実のところ、俺は本の内容にそれほど興味はなかった。結局、俺は読書に睡眠導入剤の効果を求めているに過ぎない。




 おや?

 俺のスマホに着信。ワン切りだ。発信元は公衆電話。

 ははあ。これは息子だな。そうとしか思えない。

 そしてまたしてもワン切り。──もう一回来るか?

 来ない。ということは、あれだな。駅にまで迎えに来いと。




 これは公衆電話を用いた一種の符丁である。ワン切り二回が、「今、駅にいる」ことを意味するのだ。

 ちなみにワン切り三回だと、「学校に来て」。息子がスマホを忘れた時、もしくは充電を切らした時の連絡手段として、予めそういう決め事がしてあるのである。




 どうして公衆電話で直接話さないのかというと、このやり方だと一円も消費しないで済むからだ。




 受話器を取ってそのまま電話番号を押せば、十円玉やテレホンカードを入れなくても、一応は相手の電話に繋がって着信音が鳴る。そう。着信音を鳴らし、着信履歴を残すだけなら一切料金は掛からないのだ。無論、通話はできないものの、前もって符丁を作っておけば着信音の鳴らし方次第で、最低限の遣り取りはできる。なかなか便利な裏技だった。




 今どきの公衆電話には緊急通報ボタンがないものが多く、受話器を上げて番号を押すだけで無料で緊急電話が掛けられるようになっているわけだが、もしかするとこの仕組みが裏技に関係しているのかもしれない。







 それはそうと、あやつめ。いったいいつ何のために出かけたんだろう。昨夜、俺の目の前で、

「ママン、テストが近いから明日は遊びに行かずに、丸一日一生懸命家で勉強するよ」

「ステキですわ、マイサン。でも、決して無理はしないでくださいね。ママンはマイサンの健康が何よりも大事。勉強はニの次ですわ」

「ありがとう、ママン。じゃあ程々に頑張るよ。──見てて。僕、今度のテストで絶対にいい成績を取るから。勿論ママンのためにね。ママンのステキな笑顏が見たいんだ」

といった感じの、耳を塞ぎたくなるようなクサい会話を繰り広げて妻を有頂天にさせておきながら。




 おかげで妻は、

「お夜食、お夜食、親ショック」

と、シャレにもなっていない、しょうもない鼻歌を歌いつつウキウキと朝早くから買い物に出かけてしまった。夜食べるものを買うのに何でそんなに早いんだよ。浮かれ過ぎだ。




 ただ、あれから相当な時間が経過している。買い物好きの妻とはいえ、昼食の支度もあることだし、いつ帰宅してもおかしくない。勉強を頑張っているはずの息子が今家にいないことを知ったら、妻はどう思うだろう。なんか厄介なことになりそうだった。




 うん。一刻も早く息子を連れ帰ろう。間に合わなかったら、その時はその時だ。息子の言い訳を精一杯サポートしてやるか。

 とにもかくにも俺は愛車のミニバンを飛ばして駅に向かった。







 お、いたいた。恥ずかしげも手を振っていやがる。 




 早速パンクした自転車と息子を車に乗せ、俺は車中で息子から事情を聞いた。




「実は、急に友達に呼び出されて駅前のマックで作戦会議をやってた」

「何の作戦会議だ?」

「夏休み明けの体育大会のクラス対抗騎馬戦」

「夏休み明け? まだ夏休みにもなってないじゃないか。早過ぎだろ。大きなリスクを背負ってまで行かなきゃならないほどのことか?」

「買い物に行った時の母ちゃんの行動パターンは把握してる。問題ないと思ったんだ。チャリさえパンクしなけりゃ母ちゃんが帰る前に帰宅してて、何食わぬ顔で勉強していたはずだったのに」

「だが、こうなったらもう間に合わないかもしれんな。何かうまい言い訳はないか?」

「ん?──あれ? 知らないの?」




 息子が呆れたような声を出した。




「何をだ?」

「こういう時は本当のことを言うのが一番なんだぜ。正直に話せば絶対許してくれるから。それどころか嘘や誤魔化しで言い逃れをしなかったことを褒めてくれさえする」

「そ、そうなのか?」




 俺は愕然とした。まさに青天の霹靂。あの妻が、よもやそんなに物分かりのいいやつだったなんて、とても信じられない。




「母ちゃんは鋭いから、行き当たりばっかりの嘘は全部、見抜かれてしまうよ。正直に言って謝るのが正解さ。──まさかオヤジ、知らなかったのか?」

「あ……ああ。──待てよ。お前が相手だから甘々だってことは?」

「それはない。母ちゃんは俺を『ひとかどの人物』に育て上げることを生きがいにしているんだってよ。甘やかして堕落させるのは愛情じゃないと言ってた」




 そうか。なかなかいいこと言うじゃないか。ただの親バカじゃなかったんだな。どうやら俺は妻のことを見損なっていたようだ。




 となると。




 俺は結婚してから十数年間に渡って、ずっと無駄な足掻きをし続けてきたわけだ。九割の事実の中に一割の嘘を紛れ込ませ、矛盾が生じないよう整合性を取りながら、最新かつ巧妙に自分の言い分を妻に信じ込ませる技を必死になって磨いてきたあの辛い修練の日々。それが俺の脳裏をよぎる。巷にあふれる多種多彩な言い訳術や説得術を片っ端から習得し、果ては深層心理学や詭弁論理学までマスターしたというのに、全て無意味なことだったというのか。さあ、今こそ心の中で叫ぼう。ガビーン!




 ま、実際のところ、学んだことは取り敢えず仕事で役に立っているから良しとしよう。




「──で、作戦はできたのか?」

 俺は話を元に戻した。




「いや、必勝法は見つけられなかった」

「そりゃそうだろ。そんなのがあったらとっくの昔に知れ渡ってる。せっかくクラスの連中が集まったんなら、楽して勝つことなんて考えずに、ちゃんとした作戦を考えろよ」

「知恵が足りなかったんだ。ぶっちゃけマックに行ったのって、俺ともう一人しかいなかったから」




 息子はボソボソといいにくそうに喋った。




「え? なんでだ?」

「うーん。まず、うちの学校は小規模校でどの学年も二クラスしかないって知ってるよな」

「まあな」

「クラス対抗騎馬戦は学年別。学年ごとに一組と二組が対戦する。伝統的に女子も参加するから、例年、クラスの名誉やら意地やらが掛かってメチャクチャ盛り上がるらしい」

「だったら、なおさらみんなで作戦を練らなきゃならないんじゃないのか」

「本来はそうなんだけどな。──ほら、俺のクラスの男子の人数、わかる?」

「知らん」

「二十二人だ。騎馬戦は四人一組だろ。そして、ルール的に男女混成の騎馬は作れない。そしたら……」

「二人余るな。──あーっ! お前、補欠か!」

「違うよ。補欠はもう一人の方。俺はカントクだ」

「カントクと名乗ってるだけの補欠だよな」

「くっ……」

「わかったぞ。試合に出ない二人で作戦を考えてくるように言われたんだな」

「うん。そんなところ。たたき台になるアイディアを出せって」

「けど、お前って運動、苦手じゃないだろ。なんで補欠に回されたんだ?」

 俺は当然の疑問を息子にぶつけた。




「自分から無理に頼み込んだんだよ。クラスのみんなに。カントクにしてくれって」

「は?」

 どういうことだ? ──俺は首をひねった。




「今からシミュレーションをします。さあ、母ちゃんはどう反応するでしょう?」

「え?」

「『ママン、僕、騎馬戦の騎手になったよ』──ほら予測してみて」

 息子にせっつかれたので、仕方なく考えてみる。




「ええと。こんな感じかな。──『騎手ですって! 反対ですわ。大反対ですわ。危険です。危な過ぎます。もしもマイサンが馬から落ちて、打ち所が悪くて死にでもしたら、ママンだってもう生きていられませんわ。練炭ゴタツに首を突っ込んで後を追いますわよ』──なるほど。騎手はダメだな」

「おい、練炭ゴタツなんかで死ねるのかよ。そもそもそれ、家にないだろ」

「いやあ、いかにも母さんが言いそうなセリフだと思ってな」

「それ聞いたら、母ちゃん怒り狂うぞ。──まあ、大筋はそんなところでいいか。次は俺が騎馬に選ばれた場合だ」

「ああ」

「『ママン、僕、騎馬戦で馬をやることになったよ。騎手じゃないし危なくないからね』──どう?」

 訊ねられた途端、俺の中で何かのスイッチが入った。なんかノってきたぞ。




「よしきた。──『マイサンが馬ですって? ママンには到底受け入れられませんわ。マイサンは人の上に立つことを宿命付けられた選ばれし者なのに、どこの馬の骨とも知れない男の下で、下賤な家畜の真似をさせられるなんて、たとえマイサンが許してもこのママンが許しませんわよ。もしどうしても馬になるというのでしたら、ママンは髪を切って尼になりますわ。そしてママンを卒業してアマンになりましょう」

「おい、オヤジから見たら、母ちゃん、そんなキャラなのか?」

「すまん。誇張してみた。けど、そんなに外れてはいないと思うぞ」

「こっちも間違ってるとは言ってない。やっぱりそんな感じになるよな」




 息子は笑いながら俺の物真似を評価してくれた。




「──そうか。それでお前は、補欠を選ぶしかなかったというわけか」

「いや、補欠じゃないから。カントクだから。俺が補欠だなんて言ってみろ。母ちゃん、学校に乗り込んでくるぞ」




 シミュレーションしてみる。──あ、妻ならやりかねないな。「素晴らしい才能の塊である私の息子をただの補欠に落とすなんて、先生の目は伏見稲荷ですか、ほら穴ですか?」とか言って、何の関係もない担任の先生に食ってかかりそうだ。

 俺が担任だとしたら、「将来、人の上に立たんとする者は、下々の者の気持ちを理解しておく必要もありますよ」と返すけどな。──ああ、そしたら、妻はきっとこう言い返してくるか。




「あの子の才能なら、底辺の方々のことなど、ちょっと観察しただけで完璧に把握できます」

 

 そうですか。そうですか。──妻のドヤ顔が目に浮かぶようだ。もう反論する気も起きない。俺は妄想の中の妻にさえ負けてしまった。

 なるほど。カントクね。苦肉の策だな。そしてベストだ。




「じゃあ、カントクらしい仕事をしなきゃな」

 俺は息子を不憫に思い、励ました。




「というわけで、オヤジ。何かいい作戦はないか。いつものように、コスズルいやつでいいからさ」

「待て。そんな簡単に思い付くわけないだろ。だいたいデータが足りない。相手のクラスとの戦力差はどのくらいだ?」

「目立った差はないよ。強そうな連中はだいたい均等に分かれてる」

「ルールはどうなってる? 相手の大将のハチマキを早く取ったところが勝ち、っていうやつか?」

「うん。それで、制限時間に決着がつかなかった時は、生き残った騎馬の数が多い方の勝利。極めてオーソドックスなルールだ」

「そうか。だったらやりようはある」

 俺の脳裏にピンと閃くものがあった。




「まず、大将の騎馬を最弱のやつで固めろ。女子で充分だ。大将は競技開始と同時にフィールドの隅に移動し、ただ立ってるだけでいい」

「え、大丈夫なのか、それで」

「どうせフィールドの外側からの攻撃は禁止なんだろ。隅にいたら横や後ろからの攻撃は受けなくて済む。そして、その前方を味方で隙間なく塞げば、もう大将は安泰だ。しかも、強力なメンバーを無駄に消費しないで、攻撃力を温存できる」

「ああ、確かにそいつは面白いアイディアかも」

 息子が感心したように呟く。よしよし。実にいい気分である。




「それだけじゃない。この密集隊形は……。──ああ、すまん。家に着いちまう。続きは後で話すよ。母さん、帰ってるかな」

「わかった。ありがとう」







 さて、車庫入れをしパンクした自転車を片づけてから家に入ると、妻がちょうど昼食の準備をしている最中だった。当然ではあるが、妻はモナカではない。

 息子の声も聞こえる。外出した理由を説明しているらしい。




「いやあ、シャーペンの芯を切らしちゃって。駅前の書店に買いに行ってた」

 あれ?




「マイサン、メカニカルペンシルの芯ぐらい、連絡をくれたら、幾らでも買ってきてあげましたのに」

「ママンに廻り道させて駅前まで行かせるのは悪いと思ってさ。僕、あの芯の書き味が凄く気に入ってるんだけど、ドイツ製なもんで、ここら辺で売ってるのはあそこぐらいなんだよ」

 おい。正直に話すのが一番、じゃなかったのか。




「マイサン、買った芯、見せてくださいます? 今度見かけたら買いだめしておいてあげますわ」

 お、ザマミロ。つまらん嘘をついて墓穴を掘ったな。




「あ、これだよ」

 何ぃ? そんなバカな!




「あら、こんなメーカーがあるの、初めて知りましたわ。マイサンは物知りですわね」

 クッソ! あいつ、最初からこの言い訳するつもりで、予め仕入れてやがったな。すると、妻が嘘を全部見抜くというのもガセか。いや、妻は俺に対しては妙に鋭いところがあるから、ザルなのは息子限定かも。だったらさっき俺の言った通りじゃないかよ。そんな甘々でどうやって「ひとかどの人物」に育てるつもりだ? 「カドのある人間」なら黙っててもなりそうだが。あとは身体を鍛えさせて、ボディガードとか。「人ガードの人物」なんちゃって。




「ところで、さっき父さんに刷り込んでおいたよ。ママンを欺こうとしても無駄だって」

 え? 

 唐突な息子の言葉に俺は戸惑った。この場面で敢えてこれを言う意図は何なのだろう?

 考えてみる。──そうか、なるほど。

 先刻からの息子の言動を辿ると、結論はあっさり出た。

 息子め。いつもの悪い癖を出しやがった。コウモリの本性を発揮したというべきか。これ以上母親に取り入る必要なんて微塵もないのに。これは、もはや性分みたいなものになってしまっているのかもしれない。

──うーん。腹立たしい。




「まあ、マイサン、なんて気が利く子なんでしょう。さすがですわ。ステキですわ。これで一日一時間ぐらいは不毛な時間を減らせますわね。毎度毎度、お父さんの嘘を指摘して、追及して自白に追い込むのが本当にひと苦労なんですのよ」

 おいおい。褒める前に、まずは目の前の息子の嘘を見破ってくれよ。闇雲に信頼すんな。




 突如、俺の中にキッチンに突入して真実をぶちまけてやりたいという衝動が湧き起こった。──が、押し止める。全力で我慢した。このまま何も知らなかったふりをした方が、後々のいろいろな駆け引きを有利にできると判断したからである。







 昼食後、内心でムカムカしていた俺は、息子に対して、気取られぬような意趣返しを試みた。




「さっきの続きだがな、このまま俺がすんなりお前に話したんじゃ、お前のためにならないと思うんだ」

「急にどうしたんだ、オヤジ」

「人に頼ってばかりじゃ、成長できないぞ」

「勿体ぶるなって。それとも何か対価をセビるつもりかよ」

 息子はあからさまに不満げな表情を見せた。




「馬鹿言え。そんなセコいことは考えちゃいない。ただお前にもちょっとは苦労してもらおうと思ってな。今から問題を出すから解いてみろ。そしたら続きを話してやる」

「問題?」

「ああ」

 俺はそう言っておもむろにポケットから、とあるメーカーのチョコボールの箱を取り出した。




「こいつを俺とお前と母さんとで平等に分けたい。ただし、何一つ余らせないこと」

「え……?」

 怪訝な顔で、息子はチョコボールの箱を開けた。




「──十八、十九、二十。全部で二十個か。まいったな。二つ捨てるのダメか?」

「当然」

フフフ。せいぜい悩むがいい。このメーカーのチョコボールはどれもきっちり二十個入りだ。元々三で割り切れない個数だと知っていたからこそ、問題に採用したのである。




「二個をそれぞれナイフで三等分、なんて絶対無理だな。うーん。困った」

 真剣に悩んでくれているようだ。してやったり。




「何かヒントはない? ダメ?」

 ものの一分足らずで、早くも息子が音を上げかけた。なかなかの根性無しである。俺としてはもうちょっと頭を抱えていてほしい気分だった。




「じゃあ一つだけヒント。──箱も余らせるな」

「うえー! どこがヒントだよ。箱まで三等分だなんて、なおさら無理じゃないか。これ、絶対答えがないだろ」

「あるんだよな」

 切羽詰まった顔で頭を掻きむしる息子に向かって、俺は思いっきりニンマリと笑った。こうなったらとことんアオリまくってやるぜ。

 息子が考え続けること数分。表情に諦めの色が浮かんでくる。




「ほらどうした。まだ答えられんのか」

 アオリ続ける俺。すると息子が青白かった顔色を一瞬で真っ赤にし、こう怒鳴った。




「クソォ。ギブアップだ。──答えを教えてくれ。俺を納得させる答えじゃなきゃ承知しないからなっ!」

 息子が情けない顔で悔しがる。実にいい気味だ。溜飲が下がるのを感じた。

「いいよ」

 淡々と言葉を返す。

「──ほらよ」

俺はボケットからチョコボールを二箱出した。

「さ、三箱あるから三人で均等に分けようか」

「おい!」

 息子が最初に渡した箱を指差し、

「『こいつ』を平等に分けろと言ったはずだけど」

と、鋭い目で訴えてくる。




 澄ました顔で微笑む俺。遂にこの言葉を言い放つ時が来たのだ。

「ああ、確かに『こいつ』を平等に分けろと言った。『この商品』をな」

「なっ……!」

 息子が絶句し肩を落とす。どうやら理解したらしい。──そう。「こいつ」という言葉の受け止め方が、問題の鍵なのだということを。

 俺の完全なる勝利だった。

 さあて、これで気も済んだことだし、哀れな息子に救済の手を差し伸べてやるとするかな。




「そんなに気を落とすなよ。かわいそうだから特別に作戦の残りを教えてやるよ。騎馬戦のな」

「ホント?」

 息子がパッと表情を輝かせた。現金なものである。




「いいか。まず、最弱の騎馬を大将にして、競技開始と同時にフィールドの隅に移動。その前方の空間を味方で塞ぐ。そこまでは説明したな」

「ああ」

「相手と直接相対する最前列には強い騎馬を持ってくる」

「まあ、当然だな」

「さらに、味方同士の隙間をあまり開けずに密集隊形にするんだ」

「何で?」

「最前列の騎馬が強いといっても、相手が同等以上に強ければ押し込まれてしまうこともあるだろう。騎手が一度押し込まれて身体をのけぞらせてしまうと、こちらの攻撃は全く届かない上に、騎馬に余計な負荷が掛かって崩れやすくなる」

「……で?」

「後方の騎馬の騎手が自分の前の騎手の背中を支えるんだ。いや、むしろ前方に押し出すようにする。そしたらどんな相手にだって力負けせず優勢に闘えるようになるはずだ」

「確かに」

「しかし、そこで敢えて防御に徹する。最初から相手を押し込んでのけぞらせることができれば上出来だが、無理は禁物だ。うまく相手の態勢が崩れた時にのみ思いっきり攻め、そうでない時はひたすら守り続ける。そうやっていれば、僅差ではあっても大抵勝てるだろう」

「わかった。勝てそうな気がする」

 息子は力強く頷いた。




「ただし、これは作戦であって必勝法じゃないから、絶対に勝てるという保証はない。実戦で試したわけでもないしな。勝つ確率を上げたければ……」

「練習しろってことか」

「うん。とにかく経験を積むことだ。──後は……」

「後は?」

士気 が重要だ。騎馬戦だけに」

「おい、それ、司馬遷の『史記』に引っ掛けてないか?」

 バ、バレた? 中学生にはわかるまいと確信した上で言った自己満足のダジャレを、よもや一瞬で見抜かれてしまうなんて。これは恥ずかしい。




「いや、俺は至って真面目に言ってるぞ。本当だからな。──あ、もう一つ」

「何だ?」

「騎馬になる者の靴下を緑色で統一したら、いいんじゃないかな」

「ん? どうしてだ?」

「ほら、『お馬・騎馬はみどり』っていうだろ」

「やっぱりダジャレじゃないか!」

「最後は祈れ。『ホース と共にあらんことを』」

「スターウォーズかよ!」




後日談。

 体育大会における騎馬戦本番で、息子のクラスは大惨敗を喫した。

 理由は、大将の騎馬が,試合終了を待たずして崩れたからである。

 最弱でいいとは言ったが、一分も騎馬を維持できないまでにひ弱とは……。

 騎馬が崩れる元凶となった女生徒は、

「疲れて、キバ れま セン でした」

と、言ったとか言わなかったとか。

 それにしても、騎馬に向かない生徒が、自軍に牙を剥くことになろうとは。

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