紅茶も置いてない喫茶店 (ショート・ストーリー)

大して腹も膨れないメニューばかり、腹いっぱい食べようと思えばとてつもなく金がかかる飲食店


─ それが俺の持つ 「喫茶店」 に対するイメージだ。


 飲物の種類が多いとか、コーヒーの淹れ方がどうのこうの、紅茶の品種がどうのこうのといったこだわりとか、そういうものははっきり言ってどうでもいい。

 俺はそこそこうまい食い物をたらふく胃袋に詰め込みたいのだ。それもなるべく安く。

 だから、俺は一人では一生喫茶店には行かないと決めていた。












投稿者:クロノイチ


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 とはいえ、かつて世話になった部活のセンパイから電話で熱心に誘われ、なおかつ食べたもの全てが向こうの奢りということであれば、行かないという選択肢はない。たとえ、白磁のドデカいスープ皿の底に、フォークをクルクル巻く作業を五回もすれば綺麗になくなってしまうくらいのショボい分量のパスタがオシャレっぽく乗っていて、ミニサラダと好きな飲物をセットで1200円という、コスパもお得感もあったもんじゃないメニューを勧められたとしても俺は喜んで受け入れよう。だいたい、トーストを卵と牛乳と砂糖の混合液に浸して焼き直しただけのお手軽メニューがなんで800円もするんだ。アイスコーヒーに至っては、業務用紙パックのコーヒーを氷の入ったグラスに入れるだけで、600円も取りやがった。紙パックくらい隠せよ。──許すまじ「カフェ・クリャリンコ」!




 いかん。一か月前の悪夢がフラッシュバックしてきやがった。あの時は姉ちゃんのショッピングに散々付き合わされた後で、疲れたからどこでもいいから食べに入ろうってことになって、飛び込んだ先がとんだ上品オシャレ志向の喫茶店。それでもどうせ姉ちゃんの奢りだと思って適当に頼んだら、しっかり割り勘で払わされたんだよな。

 まあ、そんな過去のことは今は忘れよう。カラスミのスライスが五枚乗っかっただけで他のパスタより400円も高くなる、そんなボッタクリ喫茶店なんて記憶に留める価値もない。だいたい「クリャリンコ」ってなんだよ。




  で、センパイに連れられてやってきたのが、オシャレさなど皆無の、昭和の香り漂う古びた木造建築の駄菓子屋だった。──あれ? 喫茶店じゃないの?

 店の看板には「駄菓子屋おかしめんこ」とある。店の売り物がそのまま店名になっていた。

「ここの店の奥に行くんだ」

 そう言ってセンパイが早足で駄菓子屋の中に入っていく。突き当たりの扉を開け、狭い廊下を進むと別の木造の建物に繋がっていた。これもまた実に古くさい。

「ここがセンパイの言っていた……」

「そう。喫茶『クレーム・ド・カフェ』だ」

「全然、らしくない名前っすね」

「まるっきり昭和の大衆食堂だからな。だが、見かけに惑わされるなよ」

「はあ……」

 入り口のドアを開けると、若いウェイトレスが元気のいい挨拶とともに出てきて、俺達を窓際の席に案内してくれた。すぐに水とおしぼりとメニューが運ばれてくる。

 

「さて、君と会うのも、卒業式以来だな。調子はどうだい?」

 おしぼりで手を拭き終えたセンパイが、一つしかないメニューを俺に渡しながら、こう切り出してきた。センパイが「調子」と言えば、柔道のこと以外にない。この人、体格は華奢で背も低いが、柔道にかけては俺も一目置いている。特に寝技は天下一品だった。

「いい感じでぼちぼちやってます。去年よりだいぶ強くなってるっすよ」

「そうか。それはよかった。君と二人で畳の上で組んずほぐれつしていた頃が懐かしいよ」

 組んずほぐれつ? ──ああ、寝技ね。上四方固めとか横四方固めとかかな。

「俺もっす」

 俺は普通に相槌を打った。

「最後の頃は、いつもあっと言う間にのしかかられて身動き取れなくされてしまったなあ。君が初々しかった頃は、僕が手取り足取り優しく手ほどきしてあげる立場だったのに」

「そりゃ、これだけ体格の差があったら仕方ないっすよ。寝技のテクニックならまだまだセンパイの方が断然上っす」

「君がボクの相手をしてくれたおかげだよ。他の人相手じゃ、全然本気でやれなかったもんなあ」


 強豪ゆえの練習相手不足の悩みをセンパイも抱えていたということか。

「──あのう、メニューはお決まりでしょうか?」

 ウエイトレスがなぜか気まずそうな顔で注文を取りに来た。

「さあ、何でも頼んでくれ」

 センパイが太っ腹なところを見せる。

「マジでいいんすか?」

「ああ」

「ゼッテー魂胆があるっすよね」

「勿論だ」

 センパイが、見るからに何か企んでいそうな笑みを浮かべた。

「まあ、何というか、この店のスイーツを食べてみたらわかるよ。とにかくもやもやするんだ」

「もやもや?」

「でも、そのもやもや感は決して不快じゃない。ちょっと愉快なんだよね。だから、誰かと一緒にその感覚を共有したくなる」

 うん。センパイの言葉の意味がよくわからない。要するに、この店のスィーツがなんか変で、微妙に面白かったから俺を道連れにしたってことか?

「俺、ゲテモノは平気ですけど、まずいものは食べられないんすが」

「いや充分、食用可能レベルにはあると思うよ。さあさ、さっさとメニューを決めてくれ」

 そうせっつかれて、俺は覚悟を決めた。「スイーツ」と書かれたページから、無難そうなレアチーズケーキとパンプキンパイをオーダーする。「50円」と極めて格安のセットドリンクは、ドリンクメニューの一番上にピカピカ光る金文字で「ブレンド」と書かれているコーヒーを選んだ。

 そこにセンパイが「ボクにも同じものを」と付け加える。ズルい。楽しやがって。




「コーヒー、金色の文字だから『ゴールドブレンド』が出てくるってことはないっすよね」


 俺が冗談でそう言うと、センパイの目が一瞬泳いだ。

 よもやの図星か。──俺はドリンクメニューを見直した。




 金文字の「ブレンド」。豪華そうに見せて、その正体は俺がいつも飲んでるフリーズドライ的なアレか。道理で50円しかしないわけだ。──おや、金文字の「ブレンド」の下に、なぜかもう一つ「BLEND」の表記があるぞ。これ、別メニューだよな。

「ん?」

 よく見ると「D」の文字の斜め下に恐ろしく小さい文字で「Y」の文字が書かれていた。

 「BLEND」プラス「Y」。──なるほど。この店のスタンスがわかった。つまりは「ウケ狙い」だ。それも「すべり芸」に近いやつ。この分だとスイーツの方も……。




 などと考えていると、速攻でコーヒーが運ばれてきた。さすがはインスタント。即、席に持ってきやがった。うん。味も普通。俺は「違いのわからない男」だ。

 そしてお待ちかね。レアチーズケーキとパンプキンパイである。一見して明らかに狂っているのがパンプキンパイだ。これはパイではなく「牌」だった。

 カボチャの緑色の皮の部分と中身のオレンジ色の部分を利用して、マージャンパイの形に仕上げてある。オレンジの面には「四萬」の文字が彫られていた。「パイじゃなくて『スーマン』」と謝っているつもりなんだろうか。ちなみに俺は「スーワン」って呼ぶ派だがね。

 肝心の味は妙にしょっぱいカボチャの煮物。まずくはないものの、どこがスイーツなのかと思う。




 続いて俺は、レアチーズケーキにフォークを突き刺した。ありふれた形状。ただし色は薄茶色。ベイクドチーズケーキかと見紛うばかりだ。表面には少量の粉チーズらしきものがかかっている。

 一口食べた。センパイがニヤニヤして俺の顔を見ている。

「何だこれ?」

 ろくにチーズの味がしない。ケーキらしい甘みもない。譬えるなら塩味のカステラだ。上にかけられた粉チーズが唯一のチーズ成分である。これもまずくはないとはいえ、いったいどこがレアチーズケーキなのか。

「──もしかして……?」

 俺は気付いた。

「わかるかい?」

「チーズがレア(希少)だから?」

「そういうこと。一応言っとくけど、単にチーズが少ないってだけじゃなくて、生産量の限られたとっても珍しいチーズを使ってるって話さ」

「これだけ分量が少なけりゃ、どんなチーズだって一緒っすよ」

 俺は違いのわからない男なのだ。




「うーん」

 全部平らげて俺は唸った。話のタネとしてはいい。ジョークとしてはそう上出来の部類じゃないが、作り手が楽しんでいる様子が窺えて、これはこれで面白いんじゃないかと思う。だが、俺はもやもやしていた。これは多分センパイの言っていた「もやもや感」とは少し違う。ジョークメニューと割り切りつつも、舌と胃袋が納得していない感じである。

 俺はメニューを広げて「スイーツ」のページを見た。そう。俺はスイーツを注文した時点で、口の中に広がる甘みを想像し期待していたのだ。うまいまずいはさておき、その欲求が全然満たされていない以上、物足りなさが残るのは当然である。

「おっ、まだ食べ足りないのかい」

「あと一つだけいいっすか」

「いいよ」

 俺はメニューの中で極端に浮いている「干しがき」を注文した。一瞬、ブカブカの服を着た子供が服ごと巨大なハンガーに掛けられて、軒下で干されているイメージが浮かんだが、まさか、そんな光景を見せられるってことはないよな。




 しばらくして「干しがき」が運ばれてきた。仰々しく皿の上に銀色のドーム型の蓋がかぶせられている。しかし中身はといえば、単に牡蠣を干しただけの一品だった。残念。もうちょっとひねってほしかったと思う。味も例に洩れずしょっぱい。がっかりである。俺はただ普通に甘いものが食べたかっただけなのに。




 くそ、欲求不満だ。

 俺はセンパイに文句を言おうとして、はたと気付いた。




「この『クレーム・ド・カフェ』の『クレーム』って、ひょっとしてフランス語じゃなくて、『苦情』の意味っすか?」

「さあ、何とも言えないな」

「それにしても、スイーツのメニューで甘い物が出てこないって、詐欺じゃないっすかね?」

 そう言った途端、ウエイトレスが猛ダッシュでこちらにやって来た。──な、なんだ? やる気か?

 ウエイトレスは身構える俺に笑顏で会釈すると、センパイに目配せした。

 センパイが軽く頷く。そして、ウエイトレスと声を合わせて高らかにこう言ったのだった。


「こんな店でまともなスイーツが出てくると思う、 自分の甘さをとくと味わうがいい!




 …………。

 うん。さすがの俺もちょっとイラッとした。センパイが申し訳なさそうな顔をしている。今にも土下座しそうな感じだ。どうも俺の顔に今の気分が出てしまっているらしい。




「すまない。この店の雰囲気に乗せられて、つい悪ふざけをしてしまった」

「結構、用意周到じゃなかったっすか? 最後のセリフとか」

「ここを予約した時に、軽い打ち合せはしたよ。君は冗談が好きだから、喜んでくれると勝手に思ってたんだが」

 そうしおらしく言われると、俺も逆に申し訳ない気分になってしまう。

「すみません。俺を楽しませようとしてくれたんすね。でも俺、食い意地が張っちゃってるもんで」

「そうか。ジョークより食い気だったか。道理で『奢る』と言った途端に即オーケーだったわけだ。気が回らなかったな」

 センパイが天井を見上げて溜息をつく。──が、すぐさま意を決したように、真剣な眼差しを俺に向けた。

「でも、一つだけわかってほしい。──こんなおちゃらけた店とインチキメニューの助けを借りなきゃ、ボクは、君を食事に誘う勇気も出せなかったんだ。もう何か月もずっと君に会いたいと思ってたのにね……」

 しばらく見ない間にすっかり肩まで伸びた黒髪をかき上げ、センパイがはにかんだように微笑んだ。




 何だろう、このムード。ムチャクチャ 甘い んですけど……。







 
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