ダジャレ探偵 2 (ショート・ストーリー)
長万部レオ(おしゃまんべ・れお)は探偵である。
開業当初は自分の名前をもじって「オシャレ探偵」と名乗っていたが、あまりにレベルの低いダジャレをを連発するので、いつしか「ダジャレ探偵」と呼ばれるようになった。
だが、長万部の関わった事件は、ことごとく二日以内に解決しており、犯罪者の間では「シャレにならねえ」と恐れられている。
「消されたメッセージ」
長万部レオは、さっぱり要領を得ない庭師の証言に業を煮やしていた。
「もう一度よく思い出してみてください。被害者が指で地面に書き残したメッセージを、あなた、確かに見たんでしょう」
庭師が困り顔で首を傾げる。
「見たには見たんですがね、気が動転してたもんでチラッとしか見てないんでさあ。旦那様の死体を発見して、慌てて警察に通報して戻ってきたら、もうすっかり文字は消されてるし。── 勘弁してくだせえ。あっし、記憶力にはまるっきり自信がないもんで」
投稿者:クロノイチ
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開業当初は自分の名前をもじって「オシャレ探偵」と名乗っていたが、あまりにレベルの低いダジャレをを連発するので、いつしか「ダジャレ探偵」と呼ばれるようになった。
だが、長万部の関わった事件は、ことごとく二日以内に解決しており、犯罪者の間では「シャレにならねえ」と恐れられている。
「消されたメッセージ」
長万部レオは、さっぱり要領を得ない庭師の証言に業を煮やしていた。
「もう一度よく思い出してみてください。被害者が指で地面に書き残したメッセージを、あなた、確かに見たんでしょう」
庭師が困り顔で首を傾げる。
「見たには見たんですがね、気が動転してたもんでチラッとしか見てないんでさあ。旦那様の死体を発見して、慌てて警察に通報して戻ってきたら、もうすっかり文字は消されてるし。── 勘弁してくだせえ。あっし、記憶力にはまるっきり自信がないもんで」
投稿者:クロノイチ



「まあ、順を追って思い出していきましょう。── 前田さん、横田さん、いいですね」
庭師の両隣に立っている二人の男が、緊張した顔で頷く。
「警察は到着までもうしばらくかかるでしょう。さっきニュースで知ったんですが、幹線道路で大規模なトンネル火災があって、ここまでなかなか来られないみたいですよ。ま、待ってるだけじゃ退屈ですから、この名探偵・長万部レオが代わって真相を究明するとします。今回は特別に無料で」
殺人事件を単なる退屈しのぎとしか考えていない不謹慎な探偵に、他の三人はうさん臭げな視線を送った。──が、目の前の死体に怯える身としては、そのふてぶてしさが逆に頼もしくも見える。
「お願いしますよ。この中の一人が犯人だと思うと、恐ろしくて……」
前田と呼ばれた背の高い痩せた男が、傍らの小柄で太った男── 横田を睨みながらそう言った。
「私からもお願いします。まあ、私が潔白である以上、誰が犯人かは明白ですがね」
横田がそう返すと、前田は今にも殴り掛からんばかりの形相に変わった。
「同じセリフをそっくりお前に返してやるぜ!」
「なんだと!」
「おいこら、やる気か!」
「やめたまえ!」
一触即発の二人の間に、長万部レオがサッと割って入る。その表情は怒気をはらんでいた。
「君たち、待ちなさい。これ以上私を蔑ろにしたまま勝手に盛り上がるようなら、ただでは済みませんよ、ただでは。二つの意味で」
そして、右手で拳骨を作って構え、左の掌を上に向けて「お金ちょうだい」のボーズをとったのだった。
さて、今回の事件における死体の第一発見者は庭師である。被害者は、隠居して田舎の別荘で独り暮らしをしていた大富豪。大富豪は正面から胸を鋭利な刃物でひと突きにされていた。死体及び周辺に争った形跡がないことから、顔見知りに不意をつかれて殺されたものと思われる。なお、死体発見時、屋敷の敷地内には被害者以外に四人の男がいた。
一人は長万部レオその人である。その日彼は、友人の家に遊びに行くため、駅からレンタサイクルに乗り、たまたま屋敷の前を通りかかった。すると突然空からカラスが舞い降りてきて、彼がかぶっていた大事な帽子を銜えて飛び去ったのである。慌ててカラスを追って屋敷の塀を乗り越えると、その途端、庭に放されたドーベルマンに見つかり、さんざん追い回された。そして、やっとの思いで杉の木のてっぺんによじ登って安堵の息をついたところで、被害者の断末魔の声を聞いたのだ。
従って、長万部レオは今回の事件の容疑者から真っ先に外されることになった。元々被害者とは何の面識もないことに加え、ドーペルマンが見張っている限り、屋敷の外部の者による犯行がまず不可能だからである。
次は庭師。第一発見者が実は犯人だったというのはよくあることだ。だが、彼もまたすぐに容疑者から外された。事件が発生した時間に、彼が犯行現場から相当離れた位置の庭木を剪定しているところを、樹上の長万部レオが偶然にも見ていたからである。
残る容疑者はともに大富豪の甥である横田と前田。二人はたまたま同じタイミングで屋敷を訪れ、大富豪に金を無心して断られている。おそらくこの二人のうちのどちらかが今回の殺人事件の犯人だろう。ちなみに横田の職業は大工見習い。前田はイタリアンレストランを三店舗経営している実業家だ。いずれもアリバイはない。
長万部レオは庭師の方に向き直った。
「やはりダイイングメッセージを思い出していただくことが、何よりも事件解決の近道ですね。では質問の仕方を変えましょう。──そのメッセージには犯人の名前が書かれていなかったのですか?」
「いや、幾らグニャグニャの乱れた字体のひらがなだったといっても、名前がズバリ書いてあれば記憶に残ると思うんでさあ。違いますかね」
「確かに。ならばメッセージを見た時にあなたが受けた印象は何でしたか?」
「ああ、そういや、『なんでこんなこと、わざわざ書いて死なにゃならんのか』 と思ったような」
「相当つまらない言葉だったわけですね」
「お、そうそう。少し思い出してきた。なんかね、『未熟者め』とか『ひよっ子だ』って感じの言葉だったような気が……」
「横田だ!」
突如、前田が勝ち誇ったように叫んだ。
「未熟者でひよっ子といえば、大工見習いの横田しかいない」
「ち、違う。俺じゃない。信じてくれ」
犯人と決めつけられた横田が激しくうろたえる。
「まあ、お待ちなさい」
長万部レオは自信たっぷりに言った。
「私には犯人がわかりました」
「だから、横田だろ」
そう苛立たしげに言う前田の顔に、長万部レオが人指し指を向ける。
「いえ、あなたですよ。前田さん」
「馬鹿言え!」
前田が激昂する
「庭師の証言からいって、犯人は横田以外にありえない!」
「ところが違うのです」
「何がだ」
「胸を刺されて即死に近い状態の被害者に、敢えて犯人を匂わせるような言葉を考える余裕があるでしょうか。きっと被害者は直接犯人の名前を書いたはずです」
「いや、あっしは名前なんて ──」
庭師が異議を唱えようするのを、長万部レオは手で制した。
「漢字で書かれていたら間違えようがなかったでしょうが、なにせグニャグニャのひらがなで書かれていたそうですからね。間違って認識したとしても仕方がありません」
「おい、庭師が見間違ってたとでもいうのか! ふざけんなよ!」
前田が長万部レオに怒声を浴びせるが、百戦錬磨の探偵はびくともしない。
「庭師さんに見間違いはなかったと思いますよ。ただ、認識の仕方が間違っていた。犯人は自分のことが書かれているとすぐにわかったから、メッセージを消したんです」
「いったいとんな文面のメッセージだったんだ?」
横田が横から尋ねてくる。
「つまり、書かれていたのは 『みじゅくものめ』 でも 『ひよっこだ』 でもなく ……」
庭師と横田と前田が唾をゴクリと呑み込んだ。長万部レオは一瞬ククッと含み笑いをし、そしてゆっくりとこう告げたのだった。
「── 『はんにんまえだ』 です!」
庭師の両隣に立っている二人の男が、緊張した顔で頷く。
「警察は到着までもうしばらくかかるでしょう。さっきニュースで知ったんですが、幹線道路で大規模なトンネル火災があって、ここまでなかなか来られないみたいですよ。ま、待ってるだけじゃ退屈ですから、この名探偵・長万部レオが代わって真相を究明するとします。今回は特別に無料で」
殺人事件を単なる退屈しのぎとしか考えていない不謹慎な探偵に、他の三人はうさん臭げな視線を送った。──が、目の前の死体に怯える身としては、そのふてぶてしさが逆に頼もしくも見える。
「お願いしますよ。この中の一人が犯人だと思うと、恐ろしくて……」
前田と呼ばれた背の高い痩せた男が、傍らの小柄で太った男── 横田を睨みながらそう言った。
「私からもお願いします。まあ、私が潔白である以上、誰が犯人かは明白ですがね」
横田がそう返すと、前田は今にも殴り掛からんばかりの形相に変わった。
「同じセリフをそっくりお前に返してやるぜ!」
「なんだと!」
「おいこら、やる気か!」
「やめたまえ!」
一触即発の二人の間に、長万部レオがサッと割って入る。その表情は怒気をはらんでいた。
「君たち、待ちなさい。これ以上私を蔑ろにしたまま勝手に盛り上がるようなら、ただでは済みませんよ、ただでは。二つの意味で」
そして、右手で拳骨を作って構え、左の掌を上に向けて「お金ちょうだい」のボーズをとったのだった。
さて、今回の事件における死体の第一発見者は庭師である。被害者は、隠居して田舎の別荘で独り暮らしをしていた大富豪。大富豪は正面から胸を鋭利な刃物でひと突きにされていた。死体及び周辺に争った形跡がないことから、顔見知りに不意をつかれて殺されたものと思われる。なお、死体発見時、屋敷の敷地内には被害者以外に四人の男がいた。
一人は長万部レオその人である。その日彼は、友人の家に遊びに行くため、駅からレンタサイクルに乗り、たまたま屋敷の前を通りかかった。すると突然空からカラスが舞い降りてきて、彼がかぶっていた大事な帽子を銜えて飛び去ったのである。慌ててカラスを追って屋敷の塀を乗り越えると、その途端、庭に放されたドーベルマンに見つかり、さんざん追い回された。そして、やっとの思いで杉の木のてっぺんによじ登って安堵の息をついたところで、被害者の断末魔の声を聞いたのだ。
従って、長万部レオは今回の事件の容疑者から真っ先に外されることになった。元々被害者とは何の面識もないことに加え、ドーペルマンが見張っている限り、屋敷の外部の者による犯行がまず不可能だからである。
次は庭師。第一発見者が実は犯人だったというのはよくあることだ。だが、彼もまたすぐに容疑者から外された。事件が発生した時間に、彼が犯行現場から相当離れた位置の庭木を剪定しているところを、樹上の長万部レオが偶然にも見ていたからである。
残る容疑者はともに大富豪の甥である横田と前田。二人はたまたま同じタイミングで屋敷を訪れ、大富豪に金を無心して断られている。おそらくこの二人のうちのどちらかが今回の殺人事件の犯人だろう。ちなみに横田の職業は大工見習い。前田はイタリアンレストランを三店舗経営している実業家だ。いずれもアリバイはない。
長万部レオは庭師の方に向き直った。
「やはりダイイングメッセージを思い出していただくことが、何よりも事件解決の近道ですね。では質問の仕方を変えましょう。──そのメッセージには犯人の名前が書かれていなかったのですか?」
「いや、幾らグニャグニャの乱れた字体のひらがなだったといっても、名前がズバリ書いてあれば記憶に残ると思うんでさあ。違いますかね」
「確かに。ならばメッセージを見た時にあなたが受けた印象は何でしたか?」
「ああ、そういや、『なんでこんなこと、わざわざ書いて死なにゃならんのか』 と思ったような」
「相当つまらない言葉だったわけですね」
「お、そうそう。少し思い出してきた。なんかね、『未熟者め』とか『ひよっ子だ』って感じの言葉だったような気が……」
「横田だ!」
突如、前田が勝ち誇ったように叫んだ。
「未熟者でひよっ子といえば、大工見習いの横田しかいない」
「ち、違う。俺じゃない。信じてくれ」
犯人と決めつけられた横田が激しくうろたえる。
「まあ、お待ちなさい」
長万部レオは自信たっぷりに言った。
「私には犯人がわかりました」
「だから、横田だろ」
そう苛立たしげに言う前田の顔に、長万部レオが人指し指を向ける。
「いえ、あなたですよ。前田さん」
「馬鹿言え!」
前田が激昂する
「庭師の証言からいって、犯人は横田以外にありえない!」
「ところが違うのです」
「何がだ」
「胸を刺されて即死に近い状態の被害者に、敢えて犯人を匂わせるような言葉を考える余裕があるでしょうか。きっと被害者は直接犯人の名前を書いたはずです」
「いや、あっしは名前なんて ──」
庭師が異議を唱えようするのを、長万部レオは手で制した。
「漢字で書かれていたら間違えようがなかったでしょうが、なにせグニャグニャのひらがなで書かれていたそうですからね。間違って認識したとしても仕方がありません」
「おい、庭師が見間違ってたとでもいうのか! ふざけんなよ!」
前田が長万部レオに怒声を浴びせるが、百戦錬磨の探偵はびくともしない。
「庭師さんに見間違いはなかったと思いますよ。ただ、認識の仕方が間違っていた。犯人は自分のことが書かれているとすぐにわかったから、メッセージを消したんです」
「いったいとんな文面のメッセージだったんだ?」
横田が横から尋ねてくる。
「つまり、書かれていたのは 『みじゅくものめ』 でも 『ひよっこだ』 でもなく ……」
庭師と横田と前田が唾をゴクリと呑み込んだ。長万部レオは一瞬ククッと含み笑いをし、そしてゆっくりとこう告げたのだった。
「── 『はんにんまえだ』 です!」
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