バングル (ショート・ストーリー)
あたしは汗のニオイが滅法好きだ。
そう断言してしまうとあらぬ誤解を受けそうなので言い直そう。
── 男子の汗が好きだ。
ああ、この言い方もダメだな。
男子の汗なら何でもいいというわけではないのだ。
どう表現したらいいのだろう。嗅ぐとほのかに甘酸っぱい香りがして、喉の奥がガッと締めつけられるような感じになるやつが好きなのである。
投稿者:クロノイチ
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そう断言してしまうとあらぬ誤解を受けそうなので言い直そう。
── 男子の汗が好きだ。
ああ、この言い方もダメだな。
男子の汗なら何でもいいというわけではないのだ。
どう表現したらいいのだろう。嗅ぐとほのかに甘酸っぱい香りがして、喉の奥がガッと締めつけられるような感じになるやつが好きなのである。
投稿者:クロノイチ



これも体臭フェチの一種と見なすべきなのだろうか。あんまり認めたくはない。そもそもあたしは、わきがのニオイにはちゃんと辟易するし、脂っこい汗のニオイも苦手である。何日も履き続けた靴下をビニール袋に入れ、そこに鼻と口を突っ込んでスーハースーハーやって恍惚とするような変態とも違う。(一回試したけど)
まあ、要するに、男子が発する汗のニオイの中に、時々大好物の香りが混じってるってことなのだ。
ただ、どこかで読んだのだが、汗っていうのは身体から分泌されたばかりだとほぼ無臭らしい。汗に皮脂や汚れが混ざり、皮膚常在菌によって分解されるとニオイが発生するのだそうだ。つまりあたしが好きな汗のニオイっていうのも、やっぱり体臭の部類に属するのだろう。そうすると、あたしは結局体臭フェチってところに落ち着くのか。なんとも承服しがたい。何か他の変態っぽくない呼び方がいいのだが。
「男子の爽やかな汗のニオイが好き」 って要素をもっと端的に表すと……。
唐突に弟のニヤニヤした顏が頭に浮かんできた。
「略して…… 『男好き』」
あいつなら、絶対にそう言う。無駄に言葉を省略したがるあいつなら。
さて。どうでもいいことにこだわり過ぎてすぎてしまったようだ。もう、体臭も含めて「汗のニオイ」ということにしておこう。
で、あたしが好きな汗のニオイについてだが、うっとりとするくらいにいいニオイを発する男子となると、これが極めて少なくて、クラスではたった一人── 高柳君しかいない。でも、その一人で充分。体育の後、彼があたしの前を通り過ぎるだけで、脳味噌を揺さぶられてクラクラとなってしまう。思わず汗の染み込んだ体操服やタオルを持って帰りたくなるぐらいだ。
もちろん、あたしにそんな犯罪を犯す度胸はない。とはいうものの、家でもあのいいニオイをずっと嗅いでいたいというのが本音である。だからあたしは作戦を練った。合法的に高柳君の汗のニオイを手に入れるために。
「高柳君、お願いがあるんだけど」
「何かな」
「これ、一日だけ試しに付けてみてくれない? 付けた感触なんかを聞きたいんだけど」
「へえ、珍しい。組紐を何本も組み合わせて作ったブレス…… いやバングルか。── 組紐から自分で編み上げたのかい?」
「まあね。趣味なのよ」
実際、組紐を編むのは大得意である。自分で編み上げた組紐を元に、ストラップや本のしおりを作ったり、ブレスレットやアンクレットを作ったりするのは、あたしの唯一の楽しみであり気晴らしだ。
「で、何で僕に?」
「前にノート貸してくれたでしょ。お礼に心ばかりの物をあげようと思ったんだけど、サイズが合わなかったり、肌に合わなかったりしたらいけないから、まずは試作品で様子見。完成品はこんな茶色一色の地味なのじゃなくて、もっとカラフルにする予定よ」
「ノートを借りたお礼」 ── なんて無理のない設定だろう。このためだけにあたしはわざわざ書き写すつもりの全くないノートを借りたのだ。
高柳君が秀才で本当によかった。
「ノートぐらいでお礼なんていいのに」
「言ったでしょ。趣味だって。自分が楽しんで作ったものを高柳君に進呈するだけなんだから、気にせず受け取って。── あ、このバングルは帰りに回収するから、その時、ちょっとでも気になったことがあったら教えて」
あたしは高柳君の手を取ってバングルを装着した。思わず口許が緩んでしまう。太めの綿の刺繍糸をふんだんに使って編み上げてあるので、吸水力は期待できる。我ながら下心満載だ。今日は体育の授業もある。このまま放課後まで外さないでいてくれれば万々歳だが、恐らく大丈夫だろう。高柳君は律儀な性格だし、うちの学校の校則も、ファッション関係はゴムの伸びきったパンツみたいにユルユルなのだ。
家に帰ると、早速あたしは戦利品のバングルをケースに収め、鼻を近づけてニオイをかぎ回った。── 陶酔感が半端ない。思わず 「サイコー!」 と叫びたくなる。半日、腕に装着されていたためか、そこから発散される汗のニオイに若干、熟成した感じがついていて、その微妙な臭みがとにかく絶妙なのだ。
このバングル、もはやアクセサリーとして使われることは金輪際ないだろう。あたしが身に付けたらせっかくのニオイが全部台無しになってしまうから。
でも、たとえ使えなくたって、あたしにとってはどんなブランド品にも優る、世界にたった一つだけの大事な大事な
「アセクサリー」
まあ、要するに、男子が発する汗のニオイの中に、時々大好物の香りが混じってるってことなのだ。
ただ、どこかで読んだのだが、汗っていうのは身体から分泌されたばかりだとほぼ無臭らしい。汗に皮脂や汚れが混ざり、皮膚常在菌によって分解されるとニオイが発生するのだそうだ。つまりあたしが好きな汗のニオイっていうのも、やっぱり体臭の部類に属するのだろう。そうすると、あたしは結局体臭フェチってところに落ち着くのか。なんとも承服しがたい。何か他の変態っぽくない呼び方がいいのだが。
「男子の爽やかな汗のニオイが好き」 って要素をもっと端的に表すと……。
唐突に弟のニヤニヤした顏が頭に浮かんできた。
「略して…… 『男好き』」
あいつなら、絶対にそう言う。無駄に言葉を省略したがるあいつなら。
さて。どうでもいいことにこだわり過ぎてすぎてしまったようだ。もう、体臭も含めて「汗のニオイ」ということにしておこう。
で、あたしが好きな汗のニオイについてだが、うっとりとするくらいにいいニオイを発する男子となると、これが極めて少なくて、クラスではたった一人── 高柳君しかいない。でも、その一人で充分。体育の後、彼があたしの前を通り過ぎるだけで、脳味噌を揺さぶられてクラクラとなってしまう。思わず汗の染み込んだ体操服やタオルを持って帰りたくなるぐらいだ。
もちろん、あたしにそんな犯罪を犯す度胸はない。とはいうものの、家でもあのいいニオイをずっと嗅いでいたいというのが本音である。だからあたしは作戦を練った。合法的に高柳君の汗のニオイを手に入れるために。
「高柳君、お願いがあるんだけど」
「何かな」
「これ、一日だけ試しに付けてみてくれない? 付けた感触なんかを聞きたいんだけど」
「へえ、珍しい。組紐を何本も組み合わせて作ったブレス…… いやバングルか。── 組紐から自分で編み上げたのかい?」
「まあね。趣味なのよ」
実際、組紐を編むのは大得意である。自分で編み上げた組紐を元に、ストラップや本のしおりを作ったり、ブレスレットやアンクレットを作ったりするのは、あたしの唯一の楽しみであり気晴らしだ。
「で、何で僕に?」
「前にノート貸してくれたでしょ。お礼に心ばかりの物をあげようと思ったんだけど、サイズが合わなかったり、肌に合わなかったりしたらいけないから、まずは試作品で様子見。完成品はこんな茶色一色の地味なのじゃなくて、もっとカラフルにする予定よ」
「ノートを借りたお礼」 ── なんて無理のない設定だろう。このためだけにあたしはわざわざ書き写すつもりの全くないノートを借りたのだ。
高柳君が秀才で本当によかった。
「ノートぐらいでお礼なんていいのに」
「言ったでしょ。趣味だって。自分が楽しんで作ったものを高柳君に進呈するだけなんだから、気にせず受け取って。── あ、このバングルは帰りに回収するから、その時、ちょっとでも気になったことがあったら教えて」
あたしは高柳君の手を取ってバングルを装着した。思わず口許が緩んでしまう。太めの綿の刺繍糸をふんだんに使って編み上げてあるので、吸水力は期待できる。我ながら下心満載だ。今日は体育の授業もある。このまま放課後まで外さないでいてくれれば万々歳だが、恐らく大丈夫だろう。高柳君は律儀な性格だし、うちの学校の校則も、ファッション関係はゴムの伸びきったパンツみたいにユルユルなのだ。
家に帰ると、早速あたしは戦利品のバングルをケースに収め、鼻を近づけてニオイをかぎ回った。── 陶酔感が半端ない。思わず 「サイコー!」 と叫びたくなる。半日、腕に装着されていたためか、そこから発散される汗のニオイに若干、熟成した感じがついていて、その微妙な臭みがとにかく絶妙なのだ。
このバングル、もはやアクセサリーとして使われることは金輪際ないだろう。あたしが身に付けたらせっかくのニオイが全部台無しになってしまうから。
でも、たとえ使えなくたって、あたしにとってはどんなブランド品にも優る、世界にたった一つだけの大事な大事な
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