ダジャレ探偵 (ショート・ストーリー)

長万部レオ(おしゃまんべ・れお)は探偵である。


 開業当初は自分の名前をもじって 「オシャレ探偵」 と名乗っていたが、あまりにレベルの低いダジャレをを連発するので、いつしか 「ダジャレ探偵」 と呼ばれるようになった。

 
 だが、長万部の関わった事件は、ことごとく二日以内に解決しており、犯罪者の間では「シャレにならねえ」と恐れられている。



 「ダイイングメッセージの謎」


 ダジャレ探偵・長万部レオは、とある孤島に建つ大富豪の別荘に招待された。

 彼はその大富豪の名前に全く心当たりがなかったが、届けられた招待状があまりに怪しげなものだったため、好奇心に駆られてつい招待に応じてしまった。アホである。

 長万部は上機嫌で 「正体不明の招待状。イッツ、ショータイム」 などとつまらないダジャレを繰り返し呟きながら、迎えにきたモーターボートで島へ向かったのだった。
 











投稿者:クロノイチ


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 さて、大富豪の別荘には他にも招待客がいた。建築家の三井隆(みつい・たかし)、画家の川合健次(かわい・けんじ)、僧侶の高田勝運(たかだ・しょううん)である。三人は互いに面識はなかったが、共通点が一つだけあった。それは招待者の大富豪との間に深刻なトラブルを抱えているという点だった。

 突然の激しい嵐。桟橋から消えたモーターボート。パニックに陥る招待客。長万部は事件の予感に、思わず身構えた。

 そして、事件は起こった。別荘の西側の部屋で大富豪が殺されたのである。


西に死体」

 執事からの連絡を受け、長万部が不謹慎な微笑みを浮かべながら現場に向かう。「西に死体 」のどこに笑える要素があるというのだろうか。

 部屋に入ると大富豪が血まみれで倒れており、その前で三井と川合が何やら激しい口調で相手を罵っていた。それを高田が 「まあまあ落ち着いて」 と取りなしている。

 大富豪はナイフで心臓を刺され、絶命していた。部屋には激しく争った跡。

 そして、大富豪の右手の指先付近には、死ぬ前に自らの血で書き記したとおぼしき文字が残されていた。それは 「三」 あるいは「川」 と読める。紛れもないダイイングメッセージだった。

 要するに三井と川合は互いに相手が犯人であると主張して、言い争っていたのである。 

 執事は悲しげな表情で言った。

「詳しい経緯は存じ上げておりませんが、旦那様はここにおられる三井様、川合様、高田様にそれぞれ深い恨みを抱いておられました。旦那様が和解と融資を名目に御三方をこの島へ招待したのは、断言はできませんものの、恐らくは……」

「俺たちを殺すつもりだったのか!」

 三井がわめいた。

「断言はできませんが。── 確かに私は命じられてモーターボートを海に流しました。けれども、それ以外は何も聞かされておりません」

「ま、ここは被害者が三井さん、川合さん、高田さんのうちの誰か、もしくは全員を殺害する計画を練っていたということで話を進めましょう」

 大富豪の書いた文字を見つめていた長万部がおもむろに口を開いた。

「被害者は犯人を殺そうとしてに返り討ちに遇ったのでしょうね。── さて、皆さん。殺害現場で遺体を身ながら話すのも辛いでしょう。それに現場の保持も大事です。ここは一旦、上の居間に行きませんか」

 長万部に促され、全員、居間へと移動した。

「今、居間にいます。さっきまで真下にいました」

 そう呟きながらニヤニヤとしている長万部以外、全員が青白い顏で引きつった表情をしている。

「では、ここで私の推理を披露しましょう」

 長万部は自信たっぷりに言い放った。

「まず、なぜ私がここに招待されたかです。恐らく被害者は、高い社会的信頼と卓抜した推理力を持つ私を、うまく利用しようとしたのでしょうね。例えば、三井さん、川合さん、高田さんが殺されたとして、その場合、誰が真っ先に疑われるでしょうか?」

「それは…… 旦那様です。動機がありますので」

「そうです。被害者は、自分が疑われないための策を予め練っていたと思われます。私はきっと、被害者のアリバイを証言したり、捏造された証拠を元に得意気に推理を披露したりするピエロの役割を担わされていたのでしょう」

 長万部はそこで言葉を切り、三人の招待客の表情をじっと窺った。

「さあ、そんな背景はさておき、今回の殺人事件だけをとってみれば、中身は実に単純です。密室殺人でも全員にアリバイがあるわけでも凶器が消えたわけでもない。普通に被害者がナイフで刺し殺されたというだけ。間違いなくこの中の誰かが犯人です。そこで問題となるのが、あのダイイングメッセージ……」

「あれは 『三』 だ!『川 』じゃねえ!」

 川合が三井を指差して怒鳴った。

「犯人はこいつだ!」

「馬鹿野郎! あれは『川』だ。死体の指の位置で一目瞭然じゃねえか。『三』だとすれば、三画目を右から左に書いたことになる。不自然だ! 犯人は川合、貴様に決まってる!」

 怒声と共に三井が川合に掴みかかろうとする。とっさに執事が間に入り、三井を押し止めた。

「残念ながら、旦那様は筆順は極めていい加減な方でして……」

 蚊帳の外の高田がふうっと大きな溜息をついた。疲れた表情だ。

「勿論、私には犯人がわかっています」

 長万部は堂々と言った。全員の視線が彼に集まる。そして彼はゆっくりと手を伸ばし、一人の男を指差した。

「犯人は…… 高田さん、あなたです」

 訪れた一瞬の静寂を打ち破り、雷鳴が轟く。

「ええっ! なんで私が。なんでそうなるんですか」

 突然一方的に決めつけられて、高田が激しい動揺を見せた。

「どういうことですか?」

 執事が怪訝な顏で長万部に問いかける。半信半疑のようだ。長万部が答える。

「だいたい、ダイイングメッセージなんてものは、犯人が戻ってきて見つけられたら消されておしまいなんですよ。でも被害者は心臓を刺されて、文字を隠すだけの余裕がなかった。だから見られてもいい形で書き残したんです。実際、あれは一見、三井さんか川合さんを指し示しているように見える。犯人の高田さんは、殺害現場であれを見てほくそ笑んだはずです」

 今度は三井と川合がホッと溜息をつく。僅かに緊張の糸が緩んだらしい。

「だから何で私が犯人になる。馬鹿馬鹿しい」

 高田はそう吐き捨てるように言うと、ギロリと長万部を睨んだ。

「それはあの文字が、そのままあなたを指し示しているからですよ」


「何だって!」

 高田が意外そうな声を上げる。ニヤリとしながら長万部が続けた。
 
「あなたはお坊さんですよね」

「ああ」

「ダメですよ。そこは 『そうだ』 と答えなきゃ。── お坊さんですよね」

そうだ」

「あはははは。言った言った。坊さんが 『そうだ 』と言った」

 大はしゃぎする長万部に、他の全員の冷やかな視線が注がれる。

「怒りますよ」

 執事がムッとした表情で言った。

「まあ、待ってください。── 高田さんはお坊さんです。では、あの文字は?」

「『三』 だろ」

 と、川合が言った。

「『川』 だろ」

 と、三井が言った。

「違います。被害者は最後の最後までこの私を利用しようとしました。この 『ダジャレ探偵』 ── 長万部レオを」

「するとあの文字はダジャレ的な何かということですか!」

 執事が目を見開いて言った。

「そう。正確には文字と見せかけた図形です。あれは 『三』 でも 『川』 でもなく、『棒が三本』 なんですよ。すなわち……」

「『棒三』!」

執事と川合と三井が同時に叫んだ。

「そう 『ぼうさん』 です。犯人はあなただ、高田さん」

「ノーーーー!」

 高田の絶叫が室内に響き渡る。

 その時だった。

 凄まじいまでに荒れ狂っていた風雨と、岸壁を激しく叩き付けていた波の音がピタリと止んだ。嵐は過ぎ去ったのである。


 翌日、執事より通報を受けた警察が孤島に到着した。捜査の結果、動かぬ証拠が見つかり犯人はその場で逮捕。犯人は川合健次だった。

 長万部レオの関わった事件は、ことごとく二日以内に解決しているという。事の経緯はともかくとして。


おしまい

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