そらいけ! タンパンマン 後編 (ショート・ストーリー)
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ここはドッコイ神殿の内部。
この神殿は、元来、夫婦の神様が二人で住まう美しい神殿だったが、今やすっかり悪人のアジトと化してしまっていた。
その悪人の名はゾウキンマン。薄汚れた雑巾そのものの顔を持つ、タンパンマンのライバルである。威張りたがりで人を困らせるのが生き甲斐という、ねじ曲がった心の持ち主だが、ガールフレンドのフキンちゃんには頭が上がらない。
「ゾウキンマン! こっち来て!」
「今度は何? フキンちゃん、ホントにもう雑巾使いが荒いんだから。オレさま、いい加減擦り切れちゃうのだ」
「この望遠鏡覗いてみて。魔神が面白いもの運んでくるわよ」
「どれどれ。──やや、あれは首無しのタンパンマン。どういうこった?」
「さあね。でも、タンパンマンたら、ボロボロになっちゃってて、いい気味だわ」
「──いや、あれは罠だぞ」
「罠?」
フキンちゃんは不思議そうに首を傾げた。
投稿者:クロノイチ
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この神殿は、元来、夫婦の神様が二人で住まう美しい神殿だったが、今やすっかり悪人のアジトと化してしまっていた。
その悪人の名はゾウキンマン。薄汚れた雑巾そのものの顔を持つ、タンパンマンのライバルである。威張りたがりで人を困らせるのが生き甲斐という、ねじ曲がった心の持ち主だが、ガールフレンドのフキンちゃんには頭が上がらない。
「ゾウキンマン! こっち来て!」
「今度は何? フキンちゃん、ホントにもう雑巾使いが荒いんだから。オレさま、いい加減擦り切れちゃうのだ」
「この望遠鏡覗いてみて。魔神が面白いもの運んでくるわよ」
「どれどれ。──やや、あれは首無しのタンパンマン。どういうこった?」
「さあね。でも、タンパンマンたら、ボロボロになっちゃってて、いい気味だわ」
「──いや、あれは罠だぞ」
「罠?」
フキンちゃんは不思議そうに首を傾げた。
投稿者:クロノイチ
「タンパンマンめ。オレさまの企みを嗅ぎつけたに違いないのだ。きっと、わざと捕らえられたふりをして、神殿に入り込もうって作戦なのだ」
「そうかしら」
「フッフッフ。オレさまの読みに間違いはないのだ。断じて思い通りにはさせないぞ。ゴッド・ドッコイを使って世界を征服し、雑巾で汚れを拭いたら死刑、という法律を作る──オレさまのこの壮大な計画を、タンパンマンなんかに邪魔されてたまるもんか」
「あ、フローリングにインクの染みが付いてる! あんたの頭で拭いといて」
「ククククク、言ってるそばから……」
「ゾウキンマン!あたしの言うことが聞けないのなら絶交よ! ダスキンマンの所へ行っちゃうんだから」
「そんなあ。オレさまより、あんな黄色いレゲエ野郎の方がいいってえの?」
「百万倍素敵よ」
「クゥーッ! 今まであんなに尽くしてきたのに……」
「だけど、何でも言うこと聞いてくれるゾウキンマンは大好き!」
「えへへへ。そ、そう?」
「だ・か・ら! 言うこと聞くの? 聞かないの?」
「聞きます聞きます。──フローリングをフキフキフキ、と」
「ようし! じゃあ、一緒にいてあげる」
「ワーイ」
「ところで、逃げ出したナンノはどうなったの?」
「それが……まだ」
「見つかんないの? グズね! タンパンマンを呼んだのも、きっとナンノの仕業よ。みぃんな、あんたがナンノの牢屋に鍵を掛け忘れたせいだかんね。このドジ! マヌケ!」
「スカート脱がしておけば、恥ずかしくて逃げ出せないと思ったのに」
「馬鹿! だからあんたはゾウキンなのよっ!」
「どういう意味?」
「こってり絞られるのがお似合い、ってこと」
「うまい! さすがフキンちゃん」
フキンだって絞られるじゃないか、と内心不満に思いつつも、ついおべんちゃらを言ってしまう健気なゾウキンマンであった。
さて。こんなくだらないやり取りが続けられている間に、ドッコイ・ダイサークはとっくに神殿へ到着してしまっていた。神殿の扉を開け、太い腕をググッと突っ込むと、とある狭い部屋にタンパンマンを押し込め、姿を消した。
「う……こ、ここは?」
「ドッコイ神殿の中である。かわいそうにお主もゾウキンマンに捕まったのだな」
白いあごひげを蓄えたなかなか威厳のある老人がタンパンマンを見下ろしている。
「ゾウキンマンだって? また、あいつがからんでいたのか」
首無しのタンパンマンは悔しそうな声を出した。
「ゾウキンマンを知っておるのか?」
「ええ。友達じゃないですけど。──ところで、あなたは?」
「神である。我はドッコイ神殿の主神『ゴッド・ドッコイ』」なり。この世のほとんどのものをいい感じに司る偉い神様である」
「えっ、神様なんですか? だったらここから出してくださいよ」
「それはできぬ相談である。我もこの狭い部屋に閉じ込められておるのでな」
「どういうことです? 神様なのに」
「先に我が妻がゾウキンマンに捕まってな、妻の身の安全の保証を条件に三つだけあやつの願いを叶えることにしたのである。そしたらなんだかんだと言いくるめられてしまって、結局、何倍もの願いを叶えさせられてしまった。その際、色々と細かい要求を受け入れざるをえなくなり、その流れでずっとここに監禁されておる。神が自ら約束を破るわけにもいかぬゆえ、逃げ出すこともできぬし、お主を助けることもできぬ」
「ゾウキンマンが、神様の弱みをうまく突いたということですね」
ゴッド・ドッコイがうなずく。
「ゾウキンマンは、あんな雑巾みたいな面だが、なかなか悪知恵が働く奴だ。どうやら我よりも魔神ドッコイ・ダイサークの方を狙っていたようじゃな。やりたいことが終われば妻を解放すると言っていた。さすれば、我も自らの意志でこの部屋を出ることができる。お主を出してやることもできよう」
同じ頃、謎の少女ナンノも、戻ってきたテッパンマンとフライパンマンに事情を説明していた。
「そうか、あんた、神殿の女神様だったのか」
「うん。あたしは、何だかよくわからないものを適当に司る女神。『ナンノ・ゴッデス』」
「何だかよくわからないもの、っていったい何ですか?」
テッパンマンがかしこまって尋ねると、ナンノは呆れたように溜息をついた。
「──あんた達のことよ!」
「げ、俺達の神様だったのか! 自分でも薄々感じてたが、やっぱり俺達って『何だかよくわからないもの』だったんだな」
フライパンマンは激しくショックを受けた様子だった。
「ホント、みんな罰当たりなんだから。ま、何百年間もずっと監督放棄してたから、知らなくたって無理ないかもね。急に女神風吹かせたりなんかしないから、安心して。──でも、あのゾウキンマンだけは許せない」
「ゾウキンマン! また、あいつか!」
「毎度毎度ちっとも懲りませんね」
「お願い、手を貸して。神殿に閉じ込められてるうちの亭主を助け出し、ゾウキンマンに天誅を加えなきゃ」
「え、亭主って、どういうことですか?」
テッパンマンの目が点になった。
「本当に何も知らないのね。──あんた達も名前ぐらい聞いたことあるでしょ。ゴッド・ドッコイ。あたしの旦那だから『夫・ドッコイ』ともいうわ」
「亭主持ちかよ……」
「はあ、こんなに若作りなのに既婚者ですか……」
二人の「何だかよくわからないもの」は肩を落とした。二人が恋人募集中の身でありながらナンノを乱暴に扱っていたのは、彼らの本能として鉄のように打たれ強いパートナーを求めずにはいられなかったからである。決してナンノを対象外にしていたわけではなかった。
恋人ゲットの夢が費えた今、もはや二人のテンションはだだ下がりである。しかし、女神とわかった以上、その頼みを聞かないわけにはいかない。
「まあ、乗り掛かった舟です。協力はしましょう」
「仕方ねえな。──ところでタンパンマンはどうすんだ?」
「そうね。物のついでに助けてあげてもいいわね」
「ついで、か……。タンパンマン……かわいそうな奴……」
「それじゃあ、事情説明おしまいね。ほら、さっさと御飯作って。お腹減ってもう動けなあい! チャーハンと焼肉十人前よろしく!」
「動けないわりには元気な声出すじゃねえか」
「やれやれ。勝手な女神様ですね」
再び神殿内である。タンパンマンは、閉じ込められた部屋から抜け出そうと焦っていた。しかし、どこにも出口は見つからない。
「無駄である、タンパンマン。この部屋は、入るのは簡単だが、ところどころ空間がねじ曲がっていて、神以外出られない仕組みになっている」
「せめて新しい頭があったら、こんな壁くらい軽く壊せるのにな」
「待つのだ。チャンスはきっと来る」
「わかりました。ただ、こうならないといいのですが」
タンパンマンはどこからともなくマッチを一本取り出した。少し表情がぎこちない。どういうわけか恥ずかしそうにモジモジしている。
「何だ?」
「マッチ棒け? ──待ちぼうけです」
「自分のダジャレを解説しなければならないことほど、虚しいことはないぞ」。
「…………そのお言葉……身に沁み入ります……」
その頃、ナンノ達は……。
「そろそろ、神殿に突っ込むぜ。いいな!」
「オー!」
「ああん!お腹いっぱいで動けなあい!」
「愚かな……」
そして、ゾウキンマン達はといえば……。
「おーい、フキンちゃん! オレさまを見捨てないでぇ!」
「フンだ。あたし、もう頭にきた。ここ、出てく! ダスキンマンより一兆倍素敵な愛しのショパンマン様の押しかけ女房になって、ピアノ弾いて暮らすわ」
「グフフ、似合わねえー!」
その思わず飛び出した失言が、フキンちゃんの逆鱗に触れた。
「なんですってぇぇ! ウオオオオオ、怒ったわ! 火事場のクソ力じゃあいっ!──四十八の殺人技の一つ、フキン肉バスター!」
「グエ」
「フキン肉ドライバー!」
「ムギュ」
「とどめよ。ムーミント・スナ・フキン!」
「ウギャー!」
………………。
相変わらず、取り込み中のようである。
さて、そんなこんなで、やっと出発したナンノ達一行だったが、案の定、ドッコイ・ダイサークに襲撃されてしまった。
「テッパンマンにフライパンマン。なるべく魔神の攻撃を引きつけておいてちょうだい。その隙にあたしが神殿に潜り込むから」
「わかりました。ご武運を」
「腕が鳴るぜ」
ドッコイ・ダイサークは「ドッコイ! ドッコイ!」と叫びながら、フライパンマンとテッパンマンを執拗に追い掛け回した。
「侵入者ハ排除スル。──『ハートウォッシャー・ビーム』!」
七色の光線が二人を直撃した。
「あ、あの光線は!」
時々振り返って成り行きを確認していたナンノが絶望の表情を浮かべる。
「あれはどんな汚れた悪の心も、一瞬で純白の無垢な心に染め上げてしまう、神様専売の洗礼洗脳光線。ただしそれを浴びたものは美しい心を持つと同時に、何の意欲も持たない役立たずになってしまう。あの二人、もう使い物にならないわ」
ところが……。
「ロープで足を引っ掛けて転ばせてやろうぜ!」
「いいですね。それっ!」
相も変わらず元気な二人の声が響いた。
「あれ?」
ナンノがびっくりして足を止める。こんなはずはないのだ。だが、二人は何の影響も受けていないかの如く、賑やかに飛び回っている。
「あの女神、亭主持ちで性格は悪いが、顏だけはいいから、ここでいいとこ見せて、たんまりご褒美を要求してやるぜ。ぐへへへへ」
「確かに亭主持ちではありますが、性格も輕いし活躍次第では何かさせてもらえるかもしれませんね。うひひひひ」
それらの声はナンノの地獄耳に──いや、天国耳(ヘブンズイヤー)に確かに届いた。
(あたしが聞いていないと思って、好きなこと言ってるわね。なるほど。あれが彼らの本音。──黒い,黒過ぎるわ。まさか神の力が及ばないレベルでどす黒いとは。ダークマターもビックリね)
「排除スル。──『踏み絵手裏剣』!」
ドッコイ・ダイサークが四角いレリーフのようなものを次々と手裏剣状に回転させて投げつける。
(あ、あれは神の似姿が刻まれた手裏剣。あれで攻撃されるということは、神の直接の裁きを受けることと同義となる。信仰に篤い者ならば、命中せずとも死刑にも等しい絶望に陥るはず。──まあ、効かないだろうけどね)
とナンノが思っているそばから、フライパンマンが地面に突き刺さった手裏剣をかき集めている。
(何してんのよ、あれ)
訝るナンノを尻目に、フライパンマンは自分の頭に謎の液体と手裏剣を入れ、グツグツと煮込み始めた。
「ドッセーイ。フライパンは煮物にも使えるんだぜ!」
「さすがはフライパンマン!」
(馬鹿じゃない? 食べられないものを、なんで煮てんのよ)
「どんどん煮るぜ!」
「煮ましょう」
(ま、まさか。『神の似姿』を『神の姿煮』にっ!──なんて馬鹿馬鹿しい)
「はっ! そうか」
はたと思い当たって、ナンノは思わず叫んだ。
(『ハートウォッシャー・ビーム』には、人を純粋無垢にする力がある。心を白く染め上げる方の力は二人の黒さに太刀打ちできなかったけど、二人のピュアな本性をさらけ出すことには成功してたんだ。すなわち、あいつらの本性はとことんクズで馬鹿!)
「排除スル。──『ドッコイ・張り手』!」
「フギャー」
「どっひゃああ!」
「結局、あいつらには普通の打撃技が一番効くのね。──見捨てていこう、うん」
ナンノは神殿に向かって走り始めた。もう振り返ることはない。
それからしばらくして。
「神様。なんだか外が騒がしいですね」
「うむ。本当に騒がしいのである」
タンパンマンとゴッド・ドッコイがそんな会話を交わしていると、部屋の中に一つの影が勢いよく飛び込んできた。
「あんた、助けにきたわよ!」
「ナンノ! 無事だったのであるか」
「自力で脱出したの。褒めて褒めて」
「おお、よしよし」
「ナンノさん!」
「──あらあ、タンパンマンも、いたの?」
「いたの、ってそんな言い方しなくたって……」
「一応、新しい頭、預かってきたわよ、ほら!」
「ありがとう。──げ、ダサいクリームイエロー……。後で返品交換できないかな?」
不満の声を漏らしながらも新品の頭を得たタンパンマンは、全身に熱い熱い炎の如き「短パンエネルギー」が漲るのを感じ、同時に「短パンエネルギー」って何? と、ふと思った。
──行け、タンパンマン! そら行け、タンパンマン! つまらん疑問は捨てろ。逆襲の時は来た!
「元気1.00倍タンパンマン! ようし、みんな、壁を破って脱出だ! ──あれ、神様達、どこ行ったの? もしかして、もう出ちゃったの……かな?」
ナンノが無事に脱出したのを知った時点で、ゴッド・ドッコイにはゾウキンマンとの取り決めを守る必要がなくなってしまったのである。
タンパンマンはそこら中を駆けずり回って、やっとの思いでナンノとの合流を果たした。
「おや、神様は?」
「今回は管轄外だから、あたしに任せるって。今は寝室で休んでるわ」
「管轄外?」
ナンノは、自分とゴッド・ドッコイの関係を話し、各々が管轄する対象について簡単に解説した。
「──そうですか。すると今回は、僕達だけでゾウキンマンをやっつけなきゃならないわけですね」
相手が女神だと知って、タンパンマンも若干言葉遣いが丁寧になっている。
「大丈夫?」
「いつもやってることですから」
「おお、なぜかタンパンマンが輝いて見えるわ」
「何せピカピカのおニューなもんで」
そう言って胸を張りながら、タンパンマンの表情に少し陰りが見えるのは、やはり顏の色がクリームイエローだからだろう。黄ばんだパンツみたいで嫌だなと密かに思っているのだった。
「じゃあ、行くわよ。ゾウキンマンはすぐそこの「神託の間」にいるわ」
「わかりました。突入します! ──ゾウキンマン! 覚悟しろ!」
「おとなしく降伏しなさい! 猶予を十秒あげるわ。十……九……八七六五四三二」
「ああっ! ナンノさん、あれ見て、あれ!」
「何よ、うるさいわね。数えそびれたじゃない」
「ゾウキンマン……ノビてる」
「え……ぁ?」
タンパンマンの指さした方角には、文字通りボロ雑巾となって床に伸びたゾウキンマンと、気まずそうに斜め上を見上げ、掠れた音の口笛を吹いているフキンちゃんの姿があった。
「えーと……。あの、あたし、ゾウキンマンに騙されてて……。ついさっき、悪い奴だってこと知って……勇気を振り絞って戦ったんですぅ。──はい、これ、魔神の自動操縦装置。……それではみなさん、さようなら」
フキンちゃんは、小さなリモコン装置をナンノに渡すと、ゴキブリよりも素早くその場を去った。
タンパンマンとナンノが思わず顔を見合わせる。
「ひょっとして、これで一件落着? なんか、納得いかないわね」
「せっかくエネルギー満タンなのに……」
「あたしもなんだか、気がすまないっていうか……」
「物足りないですよね」
「じゃあ、そこのボロゾウキン、もっとギタギタにしちゃいましょ」
「それがいい! ──ターン、パーンチ!」
ドカーン! タンパンマンの必殺パンチが炸裂する。
「ライライケ──ン!」
意味不明の叫びを残し、ゾウキンマンは空の彼方へ消えた。
「ああ、せいせいした。ありがとね。タンパンマン」
「ええと……あのう……」
今回はろくに活躍しなかったので、礼を言われてちょっと気が引けるタンパンマンである。
そこへゴッド・ドッコイが忽然と現れた。
「あ、神様」
「ナンノや。タンパンマンは結果を見ればクソの役にも立っていなかったとはいえ、なんとなく事態を好転させるほんの小さなきっかけを作った男である。感謝の印として何かしてやったらどうかな」
(ウーン。褒められている気が全然しない)
内心で大いにヘコむタンパンマンに向かって、ナンノが大輪の花のような明るい笑顏を見せた。
「そうね、そうだわ。神として正しき者にはちゃんとご褒美を与えなきゃね。──タンパンマン、感謝の印に一つだけ願いを聞いてあげる。何か言ってみて」
「そんな……悪いですよ」
柄にもなくタンパンマンが遠慮する。
「いいっていいって。何でも言ってみてよ」
「じゃあ、この頭の色を、クリームイエローじゃなくて、ぐんじょう色に」
「随分と、チンケな願いね」
「チ、チチ、チンケとは何ですか、チンケとは」
「チンケな割には切実な願いなのね。まあ、いいわ。願いは確かに聞いてあげたわよ」
「あのう。何の変化もないようなんですけど」
タンパンマンは手鏡で顔を見ながら戸惑った表情を浮かべた。
「そりゃ、そうよね」
「もしかして、願いを聞くって、本当にただ聞くだけ?」
「モチロン」
「うむ。女神に願いを直に聞いてもらえるとは、光栄なことなのであるぞ」
「か、神様ぁ……」
「喜びなさい。あたしさ、『人の話を全然聞かないね』って、よく言われるんだけど、今回は特別にサービスしとくわ。──あれ、どうかした?」
「そ、そんなあ……」
期待を手ひどく裏切られたタンパンマンの両目から、じわりと涙がこぼれた。こぼれた涙は顔の皺をツツツと伝わり、ちょうど短パンの股間の辺りを集中して濡らしていく。たちまちのうちに、とっても恥ずかしい顔ができあがった。──しかも……。
「うーん……。顔が汚れて力が出ない……」
またしてもへろへろになってしまうタンパンマンだった。
神殿の外では、ドッコイ・ダイサークがピタリと動きを停めていた。無論、遠隔操作によって停止したのだが、それを知らないテッパンマンとフライパンマンは、誰の攻撃で停まったのかということに関して、互いに自分の攻撃が原因だと主張して譲らなかった。
「おのれ、俺の手柄を横取りしようとは断じて許せん」
「あなたこそ、私の功績を奪おうとするなど、恥を知りなさい」
今や欲望まみれの本性をむき出しにして、二人は睨み合う。
「くたばれ! ──フライパーンチ!」
「滅びよ! ──テッパーンチ!」
文字通り、激しい火花が散った。
だが、二人は知らない。彼らの女神がどちらにも決して微笑まないということを。
おしまい
「そうかしら」
「フッフッフ。オレさまの読みに間違いはないのだ。断じて思い通りにはさせないぞ。ゴッド・ドッコイを使って世界を征服し、雑巾で汚れを拭いたら死刑、という法律を作る──オレさまのこの壮大な計画を、タンパンマンなんかに邪魔されてたまるもんか」
「あ、フローリングにインクの染みが付いてる! あんたの頭で拭いといて」
「ククククク、言ってるそばから……」
「ゾウキンマン!あたしの言うことが聞けないのなら絶交よ! ダスキンマンの所へ行っちゃうんだから」
「そんなあ。オレさまより、あんな黄色いレゲエ野郎の方がいいってえの?」
「百万倍素敵よ」
「クゥーッ! 今まであんなに尽くしてきたのに……」
「だけど、何でも言うこと聞いてくれるゾウキンマンは大好き!」
「えへへへ。そ、そう?」
「だ・か・ら! 言うこと聞くの? 聞かないの?」
「聞きます聞きます。──フローリングをフキフキフキ、と」
「ようし! じゃあ、一緒にいてあげる」
「ワーイ」
「ところで、逃げ出したナンノはどうなったの?」
「それが……まだ」
「見つかんないの? グズね! タンパンマンを呼んだのも、きっとナンノの仕業よ。みぃんな、あんたがナンノの牢屋に鍵を掛け忘れたせいだかんね。このドジ! マヌケ!」
「スカート脱がしておけば、恥ずかしくて逃げ出せないと思ったのに」
「馬鹿! だからあんたはゾウキンなのよっ!」
「どういう意味?」
「こってり絞られるのがお似合い、ってこと」
「うまい! さすがフキンちゃん」
フキンだって絞られるじゃないか、と内心不満に思いつつも、ついおべんちゃらを言ってしまう健気なゾウキンマンであった。
さて。こんなくだらないやり取りが続けられている間に、ドッコイ・ダイサークはとっくに神殿へ到着してしまっていた。神殿の扉を開け、太い腕をググッと突っ込むと、とある狭い部屋にタンパンマンを押し込め、姿を消した。
「う……こ、ここは?」
「ドッコイ神殿の中である。かわいそうにお主もゾウキンマンに捕まったのだな」
白いあごひげを蓄えたなかなか威厳のある老人がタンパンマンを見下ろしている。
「ゾウキンマンだって? また、あいつがからんでいたのか」
首無しのタンパンマンは悔しそうな声を出した。
「ゾウキンマンを知っておるのか?」
「ええ。友達じゃないですけど。──ところで、あなたは?」
「神である。我はドッコイ神殿の主神『ゴッド・ドッコイ』」なり。この世のほとんどのものをいい感じに司る偉い神様である」
「えっ、神様なんですか? だったらここから出してくださいよ」
「それはできぬ相談である。我もこの狭い部屋に閉じ込められておるのでな」
「どういうことです? 神様なのに」
「先に我が妻がゾウキンマンに捕まってな、妻の身の安全の保証を条件に三つだけあやつの願いを叶えることにしたのである。そしたらなんだかんだと言いくるめられてしまって、結局、何倍もの願いを叶えさせられてしまった。その際、色々と細かい要求を受け入れざるをえなくなり、その流れでずっとここに監禁されておる。神が自ら約束を破るわけにもいかぬゆえ、逃げ出すこともできぬし、お主を助けることもできぬ」
「ゾウキンマンが、神様の弱みをうまく突いたということですね」
ゴッド・ドッコイがうなずく。
「ゾウキンマンは、あんな雑巾みたいな面だが、なかなか悪知恵が働く奴だ。どうやら我よりも魔神ドッコイ・ダイサークの方を狙っていたようじゃな。やりたいことが終われば妻を解放すると言っていた。さすれば、我も自らの意志でこの部屋を出ることができる。お主を出してやることもできよう」
同じ頃、謎の少女ナンノも、戻ってきたテッパンマンとフライパンマンに事情を説明していた。
「そうか、あんた、神殿の女神様だったのか」
「うん。あたしは、何だかよくわからないものを適当に司る女神。『ナンノ・ゴッデス』」
「何だかよくわからないもの、っていったい何ですか?」
テッパンマンがかしこまって尋ねると、ナンノは呆れたように溜息をついた。
「──あんた達のことよ!」
「げ、俺達の神様だったのか! 自分でも薄々感じてたが、やっぱり俺達って『何だかよくわからないもの』だったんだな」
フライパンマンは激しくショックを受けた様子だった。
「ホント、みんな罰当たりなんだから。ま、何百年間もずっと監督放棄してたから、知らなくたって無理ないかもね。急に女神風吹かせたりなんかしないから、安心して。──でも、あのゾウキンマンだけは許せない」
「ゾウキンマン! また、あいつか!」
「毎度毎度ちっとも懲りませんね」
「お願い、手を貸して。神殿に閉じ込められてるうちの亭主を助け出し、ゾウキンマンに天誅を加えなきゃ」
「え、亭主って、どういうことですか?」
テッパンマンの目が点になった。
「本当に何も知らないのね。──あんた達も名前ぐらい聞いたことあるでしょ。ゴッド・ドッコイ。あたしの旦那だから『夫・ドッコイ』ともいうわ」
「亭主持ちかよ……」
「はあ、こんなに若作りなのに既婚者ですか……」
二人の「何だかよくわからないもの」は肩を落とした。二人が恋人募集中の身でありながらナンノを乱暴に扱っていたのは、彼らの本能として鉄のように打たれ強いパートナーを求めずにはいられなかったからである。決してナンノを対象外にしていたわけではなかった。
恋人ゲットの夢が費えた今、もはや二人のテンションはだだ下がりである。しかし、女神とわかった以上、その頼みを聞かないわけにはいかない。
「まあ、乗り掛かった舟です。協力はしましょう」
「仕方ねえな。──ところでタンパンマンはどうすんだ?」
「そうね。物のついでに助けてあげてもいいわね」
「ついで、か……。タンパンマン……かわいそうな奴……」
「それじゃあ、事情説明おしまいね。ほら、さっさと御飯作って。お腹減ってもう動けなあい! チャーハンと焼肉十人前よろしく!」
「動けないわりには元気な声出すじゃねえか」
「やれやれ。勝手な女神様ですね」
再び神殿内である。タンパンマンは、閉じ込められた部屋から抜け出そうと焦っていた。しかし、どこにも出口は見つからない。
「無駄である、タンパンマン。この部屋は、入るのは簡単だが、ところどころ空間がねじ曲がっていて、神以外出られない仕組みになっている」
「せめて新しい頭があったら、こんな壁くらい軽く壊せるのにな」
「待つのだ。チャンスはきっと来る」
「わかりました。ただ、こうならないといいのですが」
タンパンマンはどこからともなくマッチを一本取り出した。少し表情がぎこちない。どういうわけか恥ずかしそうにモジモジしている。
「何だ?」
「マッチ棒け? ──待ちぼうけです」
「自分のダジャレを解説しなければならないことほど、虚しいことはないぞ」。
「…………そのお言葉……身に沁み入ります……」
その頃、ナンノ達は……。
「そろそろ、神殿に突っ込むぜ。いいな!」
「オー!」
「ああん!お腹いっぱいで動けなあい!」
「愚かな……」
そして、ゾウキンマン達はといえば……。
「おーい、フキンちゃん! オレさまを見捨てないでぇ!」
「フンだ。あたし、もう頭にきた。ここ、出てく! ダスキンマンより一兆倍素敵な愛しのショパンマン様の押しかけ女房になって、ピアノ弾いて暮らすわ」
「グフフ、似合わねえー!」
その思わず飛び出した失言が、フキンちゃんの逆鱗に触れた。
「なんですってぇぇ! ウオオオオオ、怒ったわ! 火事場のクソ力じゃあいっ!──四十八の殺人技の一つ、フキン肉バスター!」
「グエ」
「フキン肉ドライバー!」
「ムギュ」
「とどめよ。ムーミント・スナ・フキン!」
「ウギャー!」
………………。
相変わらず、取り込み中のようである。
さて、そんなこんなで、やっと出発したナンノ達一行だったが、案の定、ドッコイ・ダイサークに襲撃されてしまった。
「テッパンマンにフライパンマン。なるべく魔神の攻撃を引きつけておいてちょうだい。その隙にあたしが神殿に潜り込むから」
「わかりました。ご武運を」
「腕が鳴るぜ」
ドッコイ・ダイサークは「ドッコイ! ドッコイ!」と叫びながら、フライパンマンとテッパンマンを執拗に追い掛け回した。
「侵入者ハ排除スル。──『ハートウォッシャー・ビーム』!」
七色の光線が二人を直撃した。
「あ、あの光線は!」
時々振り返って成り行きを確認していたナンノが絶望の表情を浮かべる。
「あれはどんな汚れた悪の心も、一瞬で純白の無垢な心に染め上げてしまう、神様専売の洗礼洗脳光線。ただしそれを浴びたものは美しい心を持つと同時に、何の意欲も持たない役立たずになってしまう。あの二人、もう使い物にならないわ」
ところが……。
「ロープで足を引っ掛けて転ばせてやろうぜ!」
「いいですね。それっ!」
相も変わらず元気な二人の声が響いた。
「あれ?」
ナンノがびっくりして足を止める。こんなはずはないのだ。だが、二人は何の影響も受けていないかの如く、賑やかに飛び回っている。
「あの女神、亭主持ちで性格は悪いが、顏だけはいいから、ここでいいとこ見せて、たんまりご褒美を要求してやるぜ。ぐへへへへ」
「確かに亭主持ちではありますが、性格も輕いし活躍次第では何かさせてもらえるかもしれませんね。うひひひひ」
それらの声はナンノの地獄耳に──いや、天国耳(ヘブンズイヤー)に確かに届いた。
(あたしが聞いていないと思って、好きなこと言ってるわね。なるほど。あれが彼らの本音。──黒い,黒過ぎるわ。まさか神の力が及ばないレベルでどす黒いとは。ダークマターもビックリね)
「排除スル。──『踏み絵手裏剣』!」
ドッコイ・ダイサークが四角いレリーフのようなものを次々と手裏剣状に回転させて投げつける。
(あ、あれは神の似姿が刻まれた手裏剣。あれで攻撃されるということは、神の直接の裁きを受けることと同義となる。信仰に篤い者ならば、命中せずとも死刑にも等しい絶望に陥るはず。──まあ、効かないだろうけどね)
とナンノが思っているそばから、フライパンマンが地面に突き刺さった手裏剣をかき集めている。
(何してんのよ、あれ)
訝るナンノを尻目に、フライパンマンは自分の頭に謎の液体と手裏剣を入れ、グツグツと煮込み始めた。
「ドッセーイ。フライパンは煮物にも使えるんだぜ!」
「さすがはフライパンマン!」
(馬鹿じゃない? 食べられないものを、なんで煮てんのよ)
「どんどん煮るぜ!」
「煮ましょう」
(ま、まさか。『神の似姿』を『神の姿煮』にっ!──なんて馬鹿馬鹿しい)
「はっ! そうか」
はたと思い当たって、ナンノは思わず叫んだ。
(『ハートウォッシャー・ビーム』には、人を純粋無垢にする力がある。心を白く染め上げる方の力は二人の黒さに太刀打ちできなかったけど、二人のピュアな本性をさらけ出すことには成功してたんだ。すなわち、あいつらの本性はとことんクズで馬鹿!)
「排除スル。──『ドッコイ・張り手』!」
「フギャー」
「どっひゃああ!」
「結局、あいつらには普通の打撃技が一番効くのね。──見捨てていこう、うん」
ナンノは神殿に向かって走り始めた。もう振り返ることはない。
それからしばらくして。
「神様。なんだか外が騒がしいですね」
「うむ。本当に騒がしいのである」
タンパンマンとゴッド・ドッコイがそんな会話を交わしていると、部屋の中に一つの影が勢いよく飛び込んできた。
「あんた、助けにきたわよ!」
「ナンノ! 無事だったのであるか」
「自力で脱出したの。褒めて褒めて」
「おお、よしよし」
「ナンノさん!」
「──あらあ、タンパンマンも、いたの?」
「いたの、ってそんな言い方しなくたって……」
「一応、新しい頭、預かってきたわよ、ほら!」
「ありがとう。──げ、ダサいクリームイエロー……。後で返品交換できないかな?」
不満の声を漏らしながらも新品の頭を得たタンパンマンは、全身に熱い熱い炎の如き「短パンエネルギー」が漲るのを感じ、同時に「短パンエネルギー」って何? と、ふと思った。
──行け、タンパンマン! そら行け、タンパンマン! つまらん疑問は捨てろ。逆襲の時は来た!
「元気1.00倍タンパンマン! ようし、みんな、壁を破って脱出だ! ──あれ、神様達、どこ行ったの? もしかして、もう出ちゃったの……かな?」
ナンノが無事に脱出したのを知った時点で、ゴッド・ドッコイにはゾウキンマンとの取り決めを守る必要がなくなってしまったのである。
タンパンマンはそこら中を駆けずり回って、やっとの思いでナンノとの合流を果たした。
「おや、神様は?」
「今回は管轄外だから、あたしに任せるって。今は寝室で休んでるわ」
「管轄外?」
ナンノは、自分とゴッド・ドッコイの関係を話し、各々が管轄する対象について簡単に解説した。
「──そうですか。すると今回は、僕達だけでゾウキンマンをやっつけなきゃならないわけですね」
相手が女神だと知って、タンパンマンも若干言葉遣いが丁寧になっている。
「大丈夫?」
「いつもやってることですから」
「おお、なぜかタンパンマンが輝いて見えるわ」
「何せピカピカのおニューなもんで」
そう言って胸を張りながら、タンパンマンの表情に少し陰りが見えるのは、やはり顏の色がクリームイエローだからだろう。黄ばんだパンツみたいで嫌だなと密かに思っているのだった。
「じゃあ、行くわよ。ゾウキンマンはすぐそこの「神託の間」にいるわ」
「わかりました。突入します! ──ゾウキンマン! 覚悟しろ!」
「おとなしく降伏しなさい! 猶予を十秒あげるわ。十……九……八七六五四三二」
「ああっ! ナンノさん、あれ見て、あれ!」
「何よ、うるさいわね。数えそびれたじゃない」
「ゾウキンマン……ノビてる」
「え……ぁ?」
タンパンマンの指さした方角には、文字通りボロ雑巾となって床に伸びたゾウキンマンと、気まずそうに斜め上を見上げ、掠れた音の口笛を吹いているフキンちゃんの姿があった。
「えーと……。あの、あたし、ゾウキンマンに騙されてて……。ついさっき、悪い奴だってこと知って……勇気を振り絞って戦ったんですぅ。──はい、これ、魔神の自動操縦装置。……それではみなさん、さようなら」
フキンちゃんは、小さなリモコン装置をナンノに渡すと、ゴキブリよりも素早くその場を去った。
タンパンマンとナンノが思わず顔を見合わせる。
「ひょっとして、これで一件落着? なんか、納得いかないわね」
「せっかくエネルギー満タンなのに……」
「あたしもなんだか、気がすまないっていうか……」
「物足りないですよね」
「じゃあ、そこのボロゾウキン、もっとギタギタにしちゃいましょ」
「それがいい! ──ターン、パーンチ!」
ドカーン! タンパンマンの必殺パンチが炸裂する。
「ライライケ──ン!」
意味不明の叫びを残し、ゾウキンマンは空の彼方へ消えた。
「ああ、せいせいした。ありがとね。タンパンマン」
「ええと……あのう……」
今回はろくに活躍しなかったので、礼を言われてちょっと気が引けるタンパンマンである。
そこへゴッド・ドッコイが忽然と現れた。
「あ、神様」
「ナンノや。タンパンマンは結果を見ればクソの役にも立っていなかったとはいえ、なんとなく事態を好転させるほんの小さなきっかけを作った男である。感謝の印として何かしてやったらどうかな」
(ウーン。褒められている気が全然しない)
内心で大いにヘコむタンパンマンに向かって、ナンノが大輪の花のような明るい笑顏を見せた。
「そうね、そうだわ。神として正しき者にはちゃんとご褒美を与えなきゃね。──タンパンマン、感謝の印に一つだけ願いを聞いてあげる。何か言ってみて」
「そんな……悪いですよ」
柄にもなくタンパンマンが遠慮する。
「いいっていいって。何でも言ってみてよ」
「じゃあ、この頭の色を、クリームイエローじゃなくて、ぐんじょう色に」
「随分と、チンケな願いね」
「チ、チチ、チンケとは何ですか、チンケとは」
「チンケな割には切実な願いなのね。まあ、いいわ。願いは確かに聞いてあげたわよ」
「あのう。何の変化もないようなんですけど」
タンパンマンは手鏡で顔を見ながら戸惑った表情を浮かべた。
「そりゃ、そうよね」
「もしかして、願いを聞くって、本当にただ聞くだけ?」
「モチロン」
「うむ。女神に願いを直に聞いてもらえるとは、光栄なことなのであるぞ」
「か、神様ぁ……」
「喜びなさい。あたしさ、『人の話を全然聞かないね』って、よく言われるんだけど、今回は特別にサービスしとくわ。──あれ、どうかした?」
「そ、そんなあ……」
期待を手ひどく裏切られたタンパンマンの両目から、じわりと涙がこぼれた。こぼれた涙は顔の皺をツツツと伝わり、ちょうど短パンの股間の辺りを集中して濡らしていく。たちまちのうちに、とっても恥ずかしい顔ができあがった。──しかも……。
「うーん……。顔が汚れて力が出ない……」
またしてもへろへろになってしまうタンパンマンだった。
神殿の外では、ドッコイ・ダイサークがピタリと動きを停めていた。無論、遠隔操作によって停止したのだが、それを知らないテッパンマンとフライパンマンは、誰の攻撃で停まったのかということに関して、互いに自分の攻撃が原因だと主張して譲らなかった。
「おのれ、俺の手柄を横取りしようとは断じて許せん」
「あなたこそ、私の功績を奪おうとするなど、恥を知りなさい」
今や欲望まみれの本性をむき出しにして、二人は睨み合う。
「くたばれ! ──フライパーンチ!」
「滅びよ! ──テッパーンチ!」
文字通り、激しい火花が散った。
だが、二人は知らない。彼らの女神がどちらにも決して微笑まないということを。
おしまい
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