伊達六十二万石の宿 湯元 不忘閣  1 (宮城県 川崎町 青根温泉)

 蔵王連峰の山懐にわく青根温泉。伊達家の御殿湯として栄え、伊達政宗公をはじめとして歴代の藩主が湯治に訪れたという由緒ある温泉に一泊してきました。


 明治に入り、多くの文人達に愛された温泉でもあります。芥川龍之介、与謝野鉄幹・晶子夫婦、川端康成、高浜虚子、山本周五郎など多くの文人たちが滞在しています。 


 「日本秘湯を守る会」 会員の温泉でもあります。





湯元 不忘閣  門前

湯元 不忘閣 門前


「夕立の虹見下ろして欄に倚る」


 左側にある句碑は、高浜虚子がここを訪れた際に詠んだもの。



 「佐藤仁右衛門」 看板が目を引きます。

 ここの湯守は、代々 佐藤仁右衛門」 襲名していて、現在は、なんと21代目である。

 初代 佐藤仁右衛門は、伊達政宗から 「代々この温泉の湯を守ってくれ」 と言われたそうです。

 真偽のほどは不明ですが。。。。





部屋から見える風景

部屋から見える風景


 左側にあるのが、築100年を越える旧館。

 芥川龍之介が与謝野晶子や菊池寛の勧めで最初に避暑に訪れた温泉がここでした。。。


「8月1日、宮城県青根温泉に避暑。滞在先は不忘閣。28日頃まで滞在。この地で執筆するが体調を崩しペンは進まず、「中央公論」9月分を延期する。」

(「芥川龍之介 年譜」 より)


 芥川にとって、この地での避暑は最悪だったようです。

 山間僻地ゆえの食物の悪さによる便秘に悩まされ、さらに田舎者の湯治客の多さに辟易し、スランプに陥り、ほとんど筆が進まなかったとか。

  そのためか、ここでのことは、ほとんど触れられていません。ただ、『雑筆』 いう、思いついたことなどを書き綴ったものには少し触れられています。

 
 隣室 

「姉さん。これ何?」 「ゼンマイ。」 「ゼンマイ珈琲つてこれから拵へるんでせう。」 「お前さん莫迦ね。ちつと黙つていらつしやいよ。そんな事を云つちや、私がきまり悪くなるぢやないの。あれは玄米珈琲よ。」

 姉は十四五歳。妹は十二歳の由。この姉妹二人ともスケツチ・ブツクを持つて写生に行く。雨降りの日は互に相手の顔を写生するなり。父親は品のある五十恰好の人。この人も画の嗜みありげに見ゆ。

("八月二十二日青根温泉にて" 『雑筆』より)         
   




青根御殿

青根御殿


 敷地内の山の斜面のそびえ建つ木造3階の華麗な建物である。

 火事で消失したが、昭和初期に往時まままの姿で再建され、内部は伊達家関連の文物や訪れた文人達の展示室になっている。

 もちろん鍵がかっているので勝手に入ることはできないが、毎朝、宿泊客を対象にした見学ツアーがあるので、これに参加すれば詳しい説明も聞くことができる。


「碧るりの川の姿す いにしへの奥の太守の 青根の湯舟」

 
 与謝野晶子が、ここで詠んだ句である。





旧館内部

旧館 内部


 レトロだなーー!どこか懐かしい雰囲気を感じさせる。癒されるなー・・・(笑)


 この建物の1階には、展示室兼休憩室があり、コーヒーやお菓子、味噌おでんの無料サービスもあります。

 さらに、なんと嬉しいことに、地元の銘酒 「蔵王」 の一升瓶が冷やされており、無料で銘酒をいただくことができました。

 現在、旧館の部屋は、個室の会食場(食堂)として利用されている。




 → 青根温泉 湯元 不忘閣 HP

 → 日本秘湯を守る会 HP







投稿者: 霧島



amazon 「『坊っちゃん』の時代」




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8 Comments

雑草Z

またまた懐かしい宿だこと・・

 10年以上前に私も青根温泉に2回泊まった事があるけれど、
2回ともこの湯元 不忘閣・・お気に入り。
泊まったのは多分旧館の安い部屋。
料理はシンプルでとっても美味く、特に黒豆を煮たやつが頗る美味かった。
もともと一つの大浴場が、男湯と女湯で仕切ってあって、
宿泊客の入り口と反対側の外側から、
夜遅くまで外来客が入りに来てたべ。

霧島さんと泊まる宿が沢山被って趣味が合っておもっしぇな。

  • 2011/09/21 (Wed) 21:09
  • EDIT
霧島

まいどどうもです。

おお、そうですか。びっくりです。

10前ですと名物の「大湯」が老朽化でぼろぼろになってたころですね。
リニューアルして「大湯」も立派に復活して、素晴らしい温泉になりました。

Ⅱをご覧ください。こちらに詳しく書いてるべ!(爆)

  • 2011/09/21 (Wed) 21:42
  • EDIT
霧島

鉄幹と晶子と啄木と。。。

晶子と啄木は、天才歌人としてのお互いの才能を
認めあっていたべ。お互い歌人として親密に付き合っていた。

鉄幹と啄木は、酒好き、女好き、おまけにうそつきで、
性格的にも少々イカレテいるもの同士ということで、
かなり親密に付き合っていたべ。

さらに、この二人はアブノーマルなセ●クス好きで有名だったのだ。
鉄幹の「バナナ事件」、啄木の「フィストフ●ック事件」はかなり有名だ!!(爆)

詳しくはこちらをどうぞ! ↓
http://www.news-postseven.com/archives/20110127_11007.html

http://kiryu0.fc2web.com/kotonoha/03.html

http://blogs.yahoo.co.jp/yuzan9224/23960670.html

啄木のローマ字日記はこちら!
http://www.amazon.co.jp/%E5%95%84%E6%9C%A8%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%AD%97%E6%97%A5%E8%A8%98-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-54-4-%E7%9F%B3%E5%B7%9D-%E5%95%84%E6%9C%A8/dp/4003105443

  • 2011/09/21 (Wed) 21:44
  • EDIT
Anthony

啄木は人間的に最低。

だけど、その最低なところが僕と重なり合って。好きなんだわ。(笑)

  • 2011/09/22 (Thu) 15:21
霧島

>啄木は人間的に最低。

まったくその通り!(爆)

啄木は、口がうまてく、嘘がうまい、いろんな人から借金をし、
酒を飲んで、女を買って、いろんな人に迷惑をかけたべ!

啄木は、人間的な普遍的なものを歌にしたのでしょう。
まあ、そんな、啄木の人間的なところになぜか親しみを
感じるという人が増えてるな。

誰が言ったのか「文学とは立派な、人の手本になるような
行いを追及するものではない。弱い、愚かな、欲張りで、
嫉妬深い、見栄っ張りな人間というものを追及するものである」のである!!(爆)

  • 2011/09/22 (Thu) 19:14
  • EDIT
霧島

鉄幹・晶子夫婦と啄木は、

かなり親しく交流してたべ。

啄木は、夫婦の家に頻繁に遊びに行ってたんだな。
そして、三人で酒を飲みながら、ホラを嘘を言い合ってたべ。(爆)
啄木の夢、妄想、ホラは、かなりのものだったらしいな。(爆)

啄木が姉のように慕っていた晶子は、啄木が死んだとき悼んだ歌を多く残している。
比較的有名なにがこれかな!!

「啄木が嘘を言ふ時春かぜに 吹かるゝ如くおもひしもわれ」与謝野晶子

啄木が言う嘘は、春風のように心地良いものだった、
弟のように憎めない人だったと、 懐かしんでる歌なんだな。 







  • 2011/09/22 (Thu) 20:05
  • EDIT
名乗るほどの者では

最悪

部屋はカビ臭く、接客の態度もよくなかった

  • 2013/11/01 (Fri) 13:56
  • EDIT
雑草Z

かつては・・

 こんな鄙びた秘湯に年に数回は行ってたなあ。
ここにもコメント書きこんでいたし・・・
色々あっても温泉に年に数回は行きたいな。

  • 2013/11/04 (Mon) 23:00
  • EDIT