第五幕 バベル

隔絶の先に・・・  映画「バベル」

 4つの物語が語られるこの映画のポイント部分を抜き出してみよう。

・日本:菊地凜子演じるチエコが敢然とディスコを後にするシーン。

・モロッコ:弟ユセフが銃をたたき壊すシーン。

・モロッコ:リチャード役のブラッド・ピットが病院から、アメリカの自宅への電話で、息子マイクとの会話中に泣き崩れるシーン。
 
・メキシコ:アメリア役のアドリアナ・バラッザが、「いいえ、わたしは悪い人間じゃない。愚かなことをしただけ」とつぶやくシーン。

 といった具合に。

 聾唖者ながら友達と渋谷でだべり、青春を謳歌するチエコが、それまで、挑発的に、下着を脱いでまでにからかいあざ笑ってた異性の存在に、真にめざめたシーンがディスコの場面です。
 適度なからかい半分でうまく立ち向かってたつもりが一気に(性)衝動に逆に捕獲されてしまった瞬間。チエコはすぐさま、おちゃらけ気分の連れには目もくれず、毅然と、彼女が求めるべき相手に、刑事ケンジ(二階堂智)を呼び出し、裸体を披露する。 それは、彼女のせいいっぱいの心からの愛の発信でもありました。

 幼いながら、兄と同等、銃の扱いにおいては兄以上と自負するユセフには、対象(人)に向けて銃を発射することの意味が理解できない。
 ユセフにとって銃は、敵(羊を襲うコヨーテ)を倒すものであり、銃の発射は賞賛されこそすれ咎めを受けることではない。
 しかし、人間を死に至らしめる銃の発射は、実は、自分や家族が標的とされたとき、家族に手ひどい厄害をもたらす元凶そのもので、銃の発射は自分たちに跳ね返ってくるというその仕組みにようやく気づいたとき、ユセフは憤然と銃をたたき壊す。

 ユセフの銃で被弾した妻スーザンは、出血多量での生命の危機に。異国の地での銃撃事件は、救急車の要請もままならず、妻の死をも覚悟せざるをえない夫リチャードを逃げ場のない極限に追い込む。
 ようやくの病院から出来た息子マイクとのやりとりの中でリチャードは、家族を背負った重みを実感する。同時にそれは、末っ子の突然死をめぐって、ぎこちなかった妻との意思疎通がもう一度取り戻せたと安堵できたことでもあった。

 リチャードから電話を受け、マイクに受話器を渡した乳母アメリアは、メキシコで息子の結婚式が。ところが約束の代わりの乳母が用意されず、マイク、デビーの幼い兄妹を連れてメキシコへ。
 盛大な結婚式もすみ、子どもたちのために帰路を急ぐアメリアは酒の匂いが残る甥サンチャゴの運転でアメリカに向かうがそこには、移民を絶対受け入れない国境が待ち構えていた。

 突き動かされるようにケンジを求める凛子、悲惨な反撃をくらうユセフ、断絶が解消されそうなブラピ夫妻、頑としてアメリアの行く手を阻む国境。
 映画は凜子からの手紙を読むケンジの姿で幕を閉じ、そこに書かれて手紙の内容も、その後の二人の様子も映画は語らない。
 
生まれたままの、ありのままの姿になって発した言葉の行方をつむぐのは観客の手に委ねられている。
 

 発した言葉が通じるか、心が伝わるか、それはすべて観客次第、のこの映画は素晴らしい!


投稿者: 今井 政幸


→ 「バベル」公式サイト


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1 Comments

Anthony

こんなコメントがありました!

投稿者:セイラ2007/5/16 17:42
今井さんの文章を読んだら、映画を見たくなってきました。


  • 2007/06/22 (Fri) 03:04
  • EDIT