栗駒山トレッキング Ⅲ

義経、松尾芭蕉も仰ぎ見たであろう栗駒山は、古くから栗原地方(栗原市)のシンボルでした。


 里の村人たちは、お山(栗駒山)の肌の変わりぐあいを見て種まきや刈入れの日取りを決めていました。


 私的には、栗原駒ケ岳、略して栗駒ヶ岳or栗駒山だと勝手に思っています。(笑)

 栗駒山と馬の関係も興味深いものがありますね。馬の雪形(駒姿)と御室、駒形根神社の御神体とされる古い鉄製の御神馬、修験道信仰と駒形根信仰の関係などなど。。。

 ちなみに、栗原の語源は、平安時代の頃、この地が陸奥国伊治(これはる)郡と呼ばれていたことに由来します。

 この地にあったのが、国の史跡である伊治(これはる)城、この地を治めていたのが、大領 伊治公砦麻呂(これはるのきみあざまろ)です。 





御沢源流部に残る雪渓

御沢源流部に残る名残惜しそうな雪渓


 と、その近くには、これまた名残惜しそうにイワカガミが咲いていました。





御室下付近のお花畑と池塘

御室下付近のお花畑と池塘


 秋ですねー。。。。。

 かなり色づいています。





御室(おむろ)と呼ばれる駒形根神社の奥宮

御室(おむろ)と呼ばれる駒形根神社の奥宮


 黒い溶岩完璧の下にある小さな祠です。降りしきる雨に濡れてた。。。。

 御室の前には、慰霊碑?がありました。かなり新しいものみたいです。





御室上部の溶岩岩壁

御室上部の溶岩岩壁


 岩壁からは、滝のように水が流れ落ちていました。

 この御室の岩壁付近には、食虫植物の ムシトリスミレ が着生しているとのこと。






投稿者: 霧島



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1 Comments

霧島

判官の森

栗駒山周辺には、多数の義経伝説があるべ!!

なんと、栗駒山山麓には「義経の墓」があるのだ!!

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文治5年4月30日に奥州藤原氏第四代藤原泰衡によって殺害された後、首と胴は分離され、首は鎌倉に、胴はこの判官森に鎮められたと伝えられてきた。判頂には、鎌倉期と思われる五輪塔と江戸時代に建立された供養碑がひっそりと立っている。
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http://www.st.rim.or.jp/~success/sutanp_ye.html

  • 2010/03/30 (Tue) 20:52
  • EDIT