第九幕 そのときは彼によろしく

 ファンタジーを突き抜けてしまったすぐれもの 映画「そのときは彼によろしく」

 冒頭、雪が舞う夜。一回りしてきて、店に戻ってきた遠山智史に、突然、アクアプランツの店「トラッシュ」のバイトを申し出た森川鈴音(=滝川花梨)は幼なじみだった。
 
 ところが、忘れようにも忘れるはずがない花梨に智史はそれとは気付かない。
 物語が進むにつれて、二人の関係が徐々に明らかになる段取りとはいえ、不自然すぎるほどのこの設定。これがこの映画のポイントです。

 森の中の「眠り姫」のイメージで描かれたこの物語は、出会いと別れが繰り返される。
 転校したての小学生の智史は、湖のほとりの廃バスの中で眠ってる花梨と出会い仲良くなる。が、智史の母の容態で二人はやがて別れ別れに。
 
 13年後の、再びの出会いが、冒頭、トラッシュでのことだった。
 ところが、花梨には、眠りにおちいるといつ目覚めるやもしれない病気に。
 花梨の、突然のトラッシュへの訪問も、その病気の悪化が促してのこと。花梨にとって、智史にこの世の別れを告げるための訪問だった。
 そして、二人の共通の幼い頃のもうひとりの友達五十嵐祐司の居場所が判明したとき、花梨は深い眠りにつく。

 結びついては離れ、離れてはまた結びつく巡り合わせの中で、作者たち(原作者、監督、脚本家)は、「どんなに離れていてもひかれあう強い力」の実存を信じました。

 確かにあるが、本当ではないのかもしれない、智史の花梨への思い。

 確かにあるが口には出せない花梨の智史への思い。

 幾層も幾層も重ねられた心の層の最深部に潜むため、まごうことのない、花梨を希求する確かな思いが智史には実感できない。
 この表象が、信じられないほどの智史の鈍感さとなって物語で語られている場面が、冒頭のシーン。
 やがて、薄皮の一枚一枚がはがれていくかのように、かつての智史と花梨の出会いが語られ、確かに根付いた二人の想いが語られ、物語は一気にエンディングへと。

 だから、映画は、わたしたちの心の深部に潜む想いの確かな存在を教え諭すように描いているのですが、そんなわたしたちを取り巻く世界。
 子供の仲良し三人組がいつも憩っていた場所の湖のほとりの水、廃バスの周りに積み重ねられた幼い画家祐司が丹念に描くゴミ、三人がいつも見とれてた美しい夕日の繰り返し沈みゆく太陽は、絶え間なく幾度も繰り返し続く、わたしたちの日々の営みの生と死の隠喩であり、永遠の象徴です。

 トラッシュで再会した、いまの智史と花梨の、二人が丘に駆け上ってみた、海に沈む夕日の場面では、

 ランボーの詩、

 「あれが見つかった 何が?永遠 太陽と溶けあった 海のことさ」

 すら想起させてしまいます。

 この用意周到で緻密な物語構造が、映画をみるわたしたちに、何故、たましいたちは惹かれあうのか、なぜ、わたしたちはここにいるのか、そして、わたしたちはどこに行こうとしているのか、を明瞭に提示してしまう。
 
 こんな背筋がぞくぞくしてしまう、ファンタジーを突き抜け、神話的世界にまで到達してしまった秀作は滅多にないよ。


投稿者: 今井 政幸


「そのときは彼によろしく」公式サイト

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1 Comments

TAKA_1

その時は彼によろしく

休日に暇を作って足を運んだ映画館には、ギャル達が多数。開演前は、騒がしい雰囲気だったが、いざ始まれば舞台は、一変!静寂に包まれた。やがて作者の術中通り、ギャル達からお涙を頂戴出来た訳でした。

僕は、冷めているせいか淡々とポップコーンを頬張りながら、このファンタジーな映画を観ていました(笑)。

まず、カメラワークと映像処理については、相当苦労されたのでは、ないかと思います。オープニングに出てきた水槽から少年時代の湖の畔へ変化するシーン。映画【タイタニック】でも海に沈んだ廃墟と化した豪華客船から過去の華々しい映像へと変化するシーン。ありきたりだが僕は、こんなのが結構好きである。

少年時代の友情、そこに智史との家族がもてなす暖かい光景。優しいお父さんとお母さん。智史、祐司、そして花梨の夢。これらの描写が素晴らしいと思う。最もな部分は、僕にとって中盤。列車で、智史と花梨・祐司との別れでした。

この少年時代と現代が激しく交錯する作り方。花梨の病は、この物語を構成する上での重要な部分と言って良いだろう。但し、再会の場面では、あまりにも唐突過ぎる気もする。また、病である事を早々と披露しているところ。この部分をもう少し引っ張れば別のスリリングな展開も期待出来たのではないかと。

視点は智史中心になっているが、花梨が大きな存在感を出していた為、客観的なシナリオとして捉えたほうが良さそうだ。惜しまれるのは、現代の祐司というキャラが少年時代に比べて陰が薄い。画家のシーンは、もう少し前面に出ても良かったかと。パン屋のお姉さんは、花梨の、かませ犬的なキャラだが悪くない。アルバイトも目立たないがあれは、あれで良かった。

最後は、父親がこの物語で言いたかった事を代弁していました。途中まで来れば、先は、読めますが、あえてアレコレと細かい部分に目を瞑り、ファンタジックなものを求めるなら、爽やかに涙出来る力作と言って良いでしょう。

で、今回は、65点という事で(^^;。

  • 2007/06/14 (Thu) 18:10