第28回 エッチなパンツでお送りする××××!

夜中、トイレに起きた私は、家の敷地内にある工場の明かりがついているのが、気になった。
夫が何かやっているのだろうか?機械の調子でも悪いのだろうか。
私は、工場の重い扉を開けた。予想通り、夫がゴソゴソしていた。
「待子?」
振り向いた夫の口からは、血が滴っていた!
「ぎゃああああああ」
『鉄男・やさいRE‐MIX・女教師バージョン』
あぁ暑い。もう期末テストも終わって、授業をするのもあと5日かそこらだ。
ホントに子供っていつもうるさい。大抵くだらない話題で盛り上がってる。
「えーメイデンちゃん~?あんなブスより、まだあのデブきょんのがイケてるって~」
「メイデンちゃんの眼鏡に萌え~」
「なぁなぁなぁ、メイデンちゃんて眼鏡取ったらマシだと思う?」
「知らねーあんなブス。ぎゃはははは」
好きにしてくれ。私はお前達の、思春期特有の臭いに時々吐き気がする。
町工場を親から継いだ、幼なじみの夫と結婚して、10年経つ。子供はいない。
セックスもしない訳じゃないけど、なかなか出来ないのだ。でもそれでいい。
職場に行けばうるさい中学生共にバカにされるけど、もう慣れた。無口な夫と、淡々と生活をしていければ良い。
割りと家から近い中学校に配属されたため、夫が鉄工所を経営していて、結婚しても子供がいないことは、いつの間にかみんな知っていた。
ひとりの生徒がある日こう言った。
「ねぇ、待子ちゃんてアイアン・メイデン」
「はぁー、何だよそれ」
「俺メタル好きでさー。 アイアン・メイデン ってバンド、超好きなんだよ。で、『鉄の処女』って意味なんだってさ。待子ちゃんて、絶対エッチしないっぽいよなー」
「待子ちゃんブスすぎて、もう旦那に相手にされないんじゃないの」
「だーかーらー。待子ちゃんちは鉄工所~、待子ちゃんてば処女のまま~。イェーイ、アイアン・メイデーン」
あまりに下らなくて、倒れそうになった。
さて、今日の夕食は、夫の大好きな「スチールウール・コロッケ」だ。
これを出すと、夫は何も言わずに、にそ~と笑った。
あの夜、私は夫から告白された。愛の告白すら聞いた覚えが無い私は、内容もそうだが、夫の真剣さに驚いた。
口から血を垂らしながら、切々と夫は訴えた。
「待子…俺は…鉄が欲しい」
「え、え?」
「いや、もう鉄を食べないと駄目なんだ。鉄を食べないと、俺は死ぬ」
あまりの告白に、唖然とした。
「頼む!見られたからには分かってくれ!俺は…鉄を食う」
いや、分からない。分からないけど、夫が死ぬのもちょっと嫌だなぁと思った。
削った後の鋭い鉄を食べて、夫が口を血まみれにしているのも、どうかなぁ、と思った。これでは取引先がビックリしてしまう。
毎日の鉄分は、細かく粉砕した、鉄粉ふりかけ。
男子の体臭がキツイと感じた日に、夫が嬉しそうに鉄粉ふりかけをご飯にかけるのを見て、気持ち悪くなった。
ある夜中。空腹に目覚めた私は、どうしても眠れず、冷蔵庫を開いた。
あれ、無い。
鉄が無い。
鉄、鉄。
そっか、工場に行けばあるじゃない。
工場に行けば、鉄がある?
げぇえぇえ。
自分が鉄を欲していると自覚したら、気持ち悪くなった。吐いた。
「おめでたですよ」
あぁ、そうなんだ。医者の言葉を他人事の様に聞いていた。鉄。子供。鉄。子供。全くどうしたらいいのか分からない。
堕ろそうか。
エコー写真を見て、一瞬怪訝な顔をした医者を見たら何故か笑えてきた。
そうだ。私は鉄を食べて、強くなったのだ。万能感に満ちた私は、年甲斐も無く、スキップをしてウキウキしていた。
そうよ私はアイアン・メイデンなのよ、処女じゃなくて残念ね。だって今なら、あの拷問器具「鉄の処女」だってかじり倒せるんだからね。フンフフ~ン。
しかし。毎日の様に鉄を食べているせいか、どんどんお腹が重くなってきた。お腹の子と2人分の鉄をとらなければ。
マンホール。側溝の蓋。子供広場の遊具は、塗料を剥がさないといけないから、ちょっとダメね。
そして、ついに陣痛が来た。突き刺さる痛み。早く、早く、もう我慢できな…。
「びぎゃあぁあぁあぁ」
天をもつらぬくような絶叫。
下半身を血だらけにした私が見たのは、人間の皮膚の下に、灰色の鉄がすけて見える子供だった。
夫の工場は、時々近所から「うるさい」と苦情が来ていた。私はお詫びの品を抱えて誤りに行き、夫も納期にどうしても間に合わない時以外は、夜間操業はしなかった。
それが、あの「びぎゃあぁあぁ」は、突然夜中に始まる。鉄が共鳴する。ノイローゼになりそうだ。夫も眠れず、日に日にイライラが募っていくのが分かった。
町内会長が突如怒鳴りこんできた。
「ちょっと、あなたの子供さん何とかしてくれない?」
と言うや否や、灰色の子供の皮膚と、「びぎゃあぁあぁ」の絶叫に、尻尾を巻いて逃げ出した。
そしてある日。
夫が猛烈な勢いで怒り始めた。
「ここに置いてあった鉄、子供が全部食ったぞ!どうするんだよ!仕事出来ねぇじゃねぇか!何つってあちらさんに謝るんだ?え!」
あの無口で大人しい夫が。壊れてゆく。音をたてて。
「びぎゃあぁあぁあ」
夫は工具で子供を殴った。一発、二発。誰が悪いのだろう?夫?子供?子供を堕ろさなかった、私?涙で顔が崩れる。
「もう止めて…」
興奮して、赤くなった顔の夫が目の前にいた。熱された鉄の色ではなく、血の色だった。
真夜中、私はそっと起き出した。ベビーカーにぐったりとした子供を乗せて、空き地へと歩いて行った。ペットボトルの灯油を、ベビーカーの後ろに詰めて。
なるべく燃えるものがない場所で、静かにベビーカーに灯油を注いだ。もうこうするしかない。生きていけない。
ベビーカーが溶ける。鉄の子供が溶ける。ビニールと鉄は、火の勢いに欠け、私の脳内に燃えかすは残り続ける。
私も、静かに自分に灯油を垂らした。何に祈るのか。平凡な夜空を見上げ、一気にマッチをする。
「がはぁっ」
体からぽたぽたと、しずくが落ちた。私はずぶ濡れになっていた。空のバケツを持って、夫も立ち尽くしていた。
「帰ろう。俺がお前をかばう」
「誰も、信じてくれないよ」
「大丈夫だ。お前、アイアン・メイデンって言われてるんだから」
「あははは。笑えないから」
もう私はメイデンには戻れない。もし、すべてを。乗り越えることが出来れば、「鉄の女」になれるんだろうか。
アイアン・メイデン...
投稿者: やさい
[編集長-ひとこと]
今回もナイスなショート・ショートでしたが、少し読んだだけで、コレは田口トモロヲ 主演の映画 『鉄男』 (塚本晋也 監督作品)へのオマージュだと思ったが、やはりそうだったね。
塚本晋也 監督作品 は、絶対に要チェックだ!
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